88分という最小限の尺で、原題である砂漠を舞台とした、
アメリカへと不法入国するメキシコ人たちとそれを銃で人狩りする白人アメリカ人という
ワンシチェ―ションを緻密な演出だけで一気に観客を釘付けにする傑作。
流石アルフォンゾ・キュアロンは息子も同様に侮れない。
トランプ政権以降、メキシコとアメリカの国境問題が映画の絵空事といは言い切れない。
昨今、現実が虚構の物語を越えて、その先をひとり歩きすることが多いのが怖い。
大統領が確約した壁の建設がどうなるのかは兎も角、
それ以前から白人による国境自警団が結成され、警備にあたっているらしい。

ガエル・ガルシア・ベルナルというメキシコ出身の世界的なスターこそ配しているが、
それ以外は全く無名の役者陣で固め、その背景やキャラクターを説明されないまま、
いきなり砂漠の真ん中で車の故障で徒歩での越境という状況へと追い込む。
限定された特殊なシチュエーションありきの潔いプロット展開だ。
タイトルバックで左右に広がる広大な砂漠の風景を走る車両をロングショットで捉える。
物語へと誘うための緩やかなタメを置く。
同様のショットはラストクレジット前にも繰り返され、物語の頭尾が繋がる。
50度を超える気温の過酷な砂漠を徒歩で歩くという試練へ進める。
国境付近を銃と犬と共にピックアップトラックでフラフラと彷徨う白人が登場し、
いきなり長距離狙撃で越境者を射殺し始めるというテンポのよい演出で攻める。
国境を超える移民たちを憎み、何の道徳的、法的な抵抗もなく無造作に彼らを射殺するのに、
愛犬の死にはむせび泣くというソシオパス気質のホワイトトラッシュ。
砂漠を舞台とした、無差別に殺戮を繰り返す殺人鬼ホラーのような構造だ。
狩る者と狩られる者というマンハントものだ。
追う者と追われる者のキャラクターは割と類型的だけど、ひとりまたひとりと射殺されていく。
プロットはシンプルだけに、余計に細部の演出力が試される。
砂漠の水平と高低差のある岩場の垂直を巧みに活かした風景とそれを活用した位置関係が絶妙。
息もつけずにラストまで一気に引っ張る。
その背景に隠された現代世界の歪みへのメタファーとしてを深読みすることは可能だけど、
それよりもシンプルでミニマムな状況を演出だけで引っ張る、最良の娯楽作品として成立させている。


偏愛度合★★★★