映画の原点は法螺話である。
如何に上手く嘘をつき、観客を楽しませるかというのが基本だ。
優れた監督の多くは、巧みな嘘つきであり、虚実の維持混じる世界へと観客を誘う煽動者である。
冒頭のフェイクドキュメンタリー映像で、
大嘘をかまして、観客を一気に物語世界へと誘導するツカミは秀逸だ。
そこで語られるのはカミンスキーという盲目の天才画家。
ウディ・アレン「カメレオンマン」やロバートゼメキス「フォレスト・ガンプ」などでも使われた
実在人物のフッテージ素材に出っちあげの架空の人物を巧みに入れ込む手法だ。
近代美術史に詳しくはないので全部を把握できていないけれど、
ピカソにダリ、アンディ・ウォーホールからボブ・ディランまで、引用された元ネタを探るだけでも、
十分に楽しめる情報量の多さだ。虚構もまた仕込みによっては偽装現実となる。
これで観客は物語上の架空の人物ではなく、
実在した画家として、それを追うジャーナリストの視点と旅に同調できる。
人物造形的には決して単純に「いい人」とは言い切れないややこしい輩である。
最初は自己中心的で、手段を択ばず、他者への共感に欠ける。
演じるダニエル・ブリュールもまた飄々とした演技で心底から憎めない。
でも観客が自己投影してしまいがちなありがちな欠点であるため、
ついつい「やれやれ」という感じでも直面することになる。
当然物語の定石として彼は旅と共に変化し、観客もまたその変化を共に体験することになる。
章立てして、短いエピソードを連ねる語り口の構成、
そのインターバルで絵画タッチと実写映像がモーフィングするような映像効果も上手い。
画家を演じるイェスパー・クリステンセンがどこまでが真実で、どこからが嘘なのか、
全く線引きできない得体の知れない感じを醸し出し主人公と観客と混乱させる。
相変わらずのドニ・ラヴァンのトリックスターっぷりにも笑える。
原型が見えない変装とエキセントリックな演技はもはや彼の芸風と化しているな。
見えているものと見えないもの、表と裏、嘘と真実は相対しているようで、それ程単純ではない。
大人のためおとぎ話という評価もうなずける。
混然一体とした世界をそれぞれが情報の取捨選択をして、判断するしかない。
映画を観ることもも同様だけど、
日々に必要なのは正確に虚実を見極めることでなく、そこから何かを選択することなのだ。
ややこしいけど、それが生きるってことなのだ。
そんなことを思いださせてくれる巧みな大人の法螺話だ。

偏愛度合★★★