tiocobethou1988のブログ

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 1週間ほど前に読んだ本↓永続敗戦論――戦後日本の核心 (atプラス叢書04)(2013/03/08)白井 聡商品詳細を見る 全体としては特に目新しいことは書いていないのだけれど、率直に言って面白かった。この本は、戦後日本の体制が「敗戦レジーム」であって、それは敗戦の(真の意味の)否認と思考停止、そして責任の不在と認識的なねじれ構造から成り立っていることを述べている。要は今もって「あの戦争」についてまったく総括する気のない日本の現状である。といっても、「戦後レジームからの脱却」を唱える自民党を支持するようなものでは、決してない。あれは「敗戦レジーム」を引き継ぎながら、それと真っ向から対立するはずである皇国史観、驚くほど復古的な神州不滅論を復活させるという、最初から破綻したものだ。 まあ、このあたりは「だいたい何となく理解している」ことを改めて理論化しているようなものだが、ハッとさせられるような表現がいくつかあって、そのへんは刺激的だった。 著者の白井聡は最終章で、実現しなかった、いや、幸運にも回避された本土決戦について語る。そして、これは他の人の著書からの引用だが、「本土決戦が遂行されていれば、その犠牲者数は(中略)この惨禍を回避できたのは、日本人にとって幸運だった。しかし同時に、この幸運の代償として、われわれがなにを失ったのかを正確に理解する必要がある」と続ける。ここで言及される『失ったもの』は、実は革命、少なくともその可能性だという。つまり日本人が一度も起こしたことのない、市民革命である。「おお」と思った。もちろん、仮に本土決戦が行われたとすると、僕なども生まれてこなかったかもしれないのだがそれはともかく、「考えてみると、本土決戦の恐るべき大混乱の中なら、日本人が自らの意志で立ち上がることがあったかもな」と思った。 そしてまた別の著書からの引用だが、本土決戦が避けられたことと引き換えに、「日本人が国民的に体験しそこなったのは、各人が自らの命をかけても護るべきものを見いだし、そのために戦うと自主的に決めること、同様に個人が自己の命をかけても戦わないと自主的に決意することの意味を体験することだった」「近衛らが(中略)なんとしても避けようとした『革命』とは、究極のところ各人が自主的決意と判断によって行動するに至る状況のことだったのではないか」と続け、「国体護持を実現したかたちでの敗戦は、敗北という外見に反して、その実、革命に対する華々しい勝利にほかならなかった」という視点を提示する。なるほど、と思う。そして現状、今後について一応の結論として「われわれの知的および倫理的な怠惰を燃料とする」あの怪物的機械を停止せよ、と述べる。おお、これは…。 それからエピローグで紹介されているエピソードも印象的だ。ベルリン、その市街地の中心部に巨大なモニュメントが建てられている。それに刻まれた碑文はロシア語で書かれている。いわく、「1945年、この地でわれわれはファシストどもを蹴散らした」と。これが、戦後70年近く経った現在も、ドイツの首都、その中心部にそびえ立っているのだ。正しくは”対独戦勝記念碑”と呼ばれるらしい。これが、「あの戦争」の正体であり、「敗戦」ということなのだ。そして同じ枢軸国の敗戦国である日本、その首都、東京の中央には靖国神社が堂々と立っている。この差異の意味を考えると、いろいろなものが見えてくる。ここでは、確かに敗戦は『否認』されているのだ。 そんなわけでこの「永続敗戦論」、お薦めである。 ということで新聞などを見ていると、偶然にも、今日(10月24日)付でこんな記事が出ていたので紹介↓特攻70年:「特攻は日本の恥部、美化は怖い」 保阪正康さんインタビューhttp://mainichi.jp/feature/news/20141024mog00m040003000c.html 特攻とは何か。特攻隊員たちの遺書が自身の執筆活動の原点というノンフィクション作家、保阪正康さん(74)に聞いた。【聞き手・高橋昌紀/デジタル報道センター】       ◇        ◇ ある元海軍参謀にインタビューをした際、戦時中の個人日誌を読ませてもらったことがあります。特攻隊についての記述があり、「今日もまた、『海軍のバカヤロー』と叫んで、散華する者あり」と記してありました。部外秘の文字も押されて。この元参謀によると、特攻機は離陸した後はずっと、無線機のスイッチをオンにしているそうなんですよ。だから、基地では特攻隊員の“最後の叫び”を聴くことができた。「お母さーん」とか、女性の名前もあったそうです。「大日本帝国万歳」というのはほとんどなかった。ところが、そうした通信記録は残っていない。故意に燃やしてしまったに違いありません。“軍神”が「海軍のバカヤロー」と叫ぶ。それは当局にとって、隠蔽(いんぺい)すべきことだったでしょうから。 高校時代に「きけわだつみのこえ」を読みました。それが特攻隊について、考えるようになった契機です。その後、生き残りの隊員や遺族らに取材を重ねてきました。学徒出陣した上原良司氏(陸軍大尉。1945年5月、沖縄で戦死)の妹さんは、兄と仲間たちの会話を手帳に残していました。彼らは「向こうの奴(やつ)ら(=米軍)何と思うかな」「ホラ今日も馬鹿(ばか)共が来た。こんな所までわざわざ自殺しに来るとは間抜けな奴だと笑うだろうよ」と言い合っていたそうです。取材後の彼女の何気ない言葉は重く、響いています。「指揮官たちは『後に続く』と言いながら、誰も飛び立たなかったそうです。その言葉を信じた兄たちが事実が分かったら、どんな気持ちになるでしょう」 高級参謀をはじめ、日本の職業軍人とは何者だったのでしょうか。英国は階級社会ですが、国を守るという点では王族・貴族もありません。戦争で死ぬということについて、平等性がある。戦争に貴賤(きせん)なしです。日本でも高松宮さまなどは前線勤務を希望していたようです。ある陸軍大学校出身の元参謀には「息子を入学させるなら、陸大だよ」と言われました。彼の同期50人ほどのうち、戦死は4人だけだったそうです。エリートは前線に行かず、戦争を美化するんです。 兵士への危険負担を限りなく、低くすることが本来の指揮官の役割です。国民的バックグラウンドの下で、西洋の民主主義国家にはそれがあった。彼我の戦力を客観的に分析する。物量主義も、兵士を死なせないためにあるんです。日本にあったのは生煮えの軍事学です。仏独に学んだ上っ面だけの西洋軍事学に“日本精神”である武士道を乗っけた。「武士道と云(い)ふは死ぬこととみつけたり」(「葉隠」)の文言だけを取り出し、都合良く利用した。 特攻は日本の恥部です。命を慈しむ日本の文化や伝統に反することです。命中率99%であったとしても、だめなんです。志願を建前としていましたが、実際には強制でした。本人が望んでいない死を要求し、死なせる。こんなものは軍事ではない。国家のため、大義のためという、自己陶酔でしかない。戦争とは人の生死をやり取りする闘争です。ロマンなどないんです。特攻は米軍に畏怖(いふ)心を与え、日本本土上陸をためらわせた--との説がありますが、とんでもない。米軍は暗号名「コロネット」「オリンピック」などの上陸作戦を着々と準備していました。一方の日本軍は「義勇兵役法」で国民の根こそぎ動員を決め、1億総特攻に駆り出そうとしていた。国民一人一人が特攻要員だったんです。 「特攻隊員は我々である」との視点が必要です。あの時代に生きていれば、あの時代が繰り返されれば、自分も特攻隊員になるかもしれない。特攻を考える時、必要なのは同情ではなく、連帯感です。隊員の苦衷、苦悶(くもん)が分かれば、美化することなどできないはずです。「特攻で死んだ人に失礼ではないか」「彼らのおかげで今の日本がある」などと言ってくる人がいます。どうして、そんな軽々なことを言えるのか。特攻を命じた指揮官たちと変わりませんよ。 クラウゼビッツ(プロイセンの軍事学者)は戦争を「他の手段をもってする政治の延長」と位置付けました。本来は政治こそが、軍事の上になければならなかった。日本が陥った軍部独裁は政治家たちだけの責任でもありません。国民も軍をもてはやし、甘やかした。勝つことこそが軍の目的ですから、負けると分かっても戦争をやめることなどできなかった。行き着いた先が特攻です。 特攻について、時に涙が止まらなくなるほどの感傷を持っています。それとともにわき上がるのは軍への怒りです。この二つがあってこそ、特攻に向き合えるのではないでしょうか。どちらかに傾いてもいけない。特攻は時代を測るメルクマールだと思っています。いたずらに美化することは非常に怖いことです。集団的自衛権によって、自衛隊が海外派兵される可能性が高まっています。良くも悪くも、軍隊というものには国民性が表れます。今こそ、旧軍について、十分に検証すべきです。それが無くては、特攻というシステムを採用するような組織が再び、生まれてしまうかもしれません。 この保阪正康、それに半藤一利といった人、特に半藤氏は1930年生まれで、従軍経験こそないが戦争経験者であり、彼らの証言や見解というのは貴重だと思う。両氏とも”保守派”と呼ばれていたはずだが、今は彼らのスタンスは”リベラル”に属するのだと思われる。時に”左翼”と呼ばれることもあって驚く。彼らの主張(旧日本軍や皇国史観の否定)自体は昔から一貫しているのだが、要するに周囲の情勢がそれだけ変化したということだ。 それでは最後にベルリンをテーマにしたこの曲を↓Holiday in the Sun - Sex Pistols 知熱発電所 - 似非教養と音楽の交錯点 - ...