5月9日手術の翌日、ようやく点滴やその他の器具を取り外し、シャワーを浴びました。



さっぱりしたところで授乳。どうやら私は乳の出やすいタイプらしく、乳のトラブル全くなし♪この日もまだ疲れが残っており、ほとんどをベットの上ですごしました。



5月10日午前3時。BABYが大泣き。看護婦さんが「預かるから眠りなさい」と、連れて行ってくれたものの、しばらくして大泣きのまま戻って来ました。

どうやら泣き止まないとのこと。何度か行ったりきたりを繰り返して、その内看護婦さんだけが私の所に説明にやって来る。



どうやらBABYの呼吸数が多すぎるというので、ICUに移されたとのこと。

胸がドキドキしました。

病室から看護婦さんに付き添われながらICUへBABYの様子を見に移動。

途中、説明で呼吸数が多すぎるのはよくあることだけど、少し早すぎるし、暴れているので念のために調べるとのこと。最悪の場合心臓に問題があると。

泣きそうになりながら一生懸命説明を受けました。

今すぐ旦那に相談したかったけど、看護婦さんに「今旦那さんに連絡しても旦那さんも何もできないんだから、せめて6時まで待ちなさい」と言われ、3時間をベットで悶々と我慢して過ごしました。



BABYがICUに入っても、授乳だけはしないといけないので、定期的に看護婦さんが私を呼びに来る。腹痛に耐えながら3階から4階にあるICUへ必死に通って授乳。



朝の6時に旦那に連絡。

速攻飛んできた旦那と一緒に再度医師の説明を受けます。



このとき既に色々な血液検査とレントゲンが取られたらしく、心臓・肺共に異常はないことが判明して一安心。残るは血液検査の結果待ちとのことでしたが、感染症にかかっていた場合、判明してから治療したのでは遅いということで既に抗生物質が点滴されているとのこと。



これでもし感染症にかかっていても心配ないよと説明を受け。とりあえず一安心…といきたい所だけど、私は気が気ではありませんでした。世のお母さん達。子供のことをいつも思っている気持ちが今痛い程分かりましたよ。



5月11日

まだ産まれて数時間。赤ちゃんと私はつながっているのか何なのか。赤ちゃんが私を4階から呼んでいるのが分かります。すごく不思議な感覚でしたが、呼ばれているのがはっきり分かりました。

そこで、看護婦さんを呼んで、事情を説明を試みる。

私「赤ちゃんが私を呼んでいると思うんだけど、4階へ行っていいですか?」

看護婦「うーん。お呼びがあれば連絡が入るし、もうちょっと待ってみたらどう?」

私「でも、呼ばれてるんです」

といった会話を交わしている最中にもう一人の看護婦が私をICUに呼びに来た。

あまりのタイミングの良さに私と話していた看護婦さんもびっくり。私は「やっぱりね」と、思いながら再びICUへ向かいました。



朝6時とうとう検査の結果が発表。再び私は医師に呼ばれました。

どうやら院内感染のバクテリアが赤ちゃんの血液中で発見されたとのこと。

そのバクテリアは私たちが日常肌や鼻の粘膜に持っているもので、通常の状態であれば問題ないものだが、赤ちゃんやご老人等、抵抗力の弱いものには猛威を振るう感染症になるらしい。

しかも血液中での発見だったので、いったいどこからどうやって感染したのか。感染ルートを調べてみないといけないと言われました。とりあえず、BABYの方は感染症と分かったので抗生物質の投与だけ続けてあとは普通の状態に戻して大丈夫。近いうちに病室へ戻しますと言われて一安心。



私も感染源の可能性があるとのことで、二人部屋から昼過ぎには早速一人部屋へ移動させられました。



体中からサンプルを取られましたよ。

綿棒の長いやつで色んなところをグリグリやるんですが、さすがに鼻の中をグリグリされたときはその光景の可笑しさに噴出しそうでした。



検査が終わると、BABYが私の部屋へ帰ってきました。やっぱり一緒が一番だよね!
5月8日 深夜0時



帝王切開手術が始まった。エピデュールを継ぎ足して下半身麻酔を強くする。

足の感覚がほとんど無くなったところで、手術台にうつされ、目の前にカーテンをかけられた。カーテンの自分側に旦那が立ち、カーテンの向こう側で手術が始まる。



下半身麻酔なので、当然上半身は普通の状態。ぼんやりだが、あー、今切られてる?とか、引っ張られてる??とかいうのは覚えている。



旦那いわく、カーテンのこっち側で私の体がお医者様に引っ張られるたびに動いていたらしく、非常に生生しかったとのこと。メスは電気だったらしく、鼻の良い旦那は少し肉のこげる匂いもしたと言っていた。怖い怖い



手術開始から約30分。正確には0時33分、ついに誕生の時が来た!元気な産声が朦朧とする意識の向こう側で聞こえてきた。

よかったー。元気な産声が聞こえる。旦那は赤ちゃんについて、臍の緒を切ったり、写真をとったりと忙しそうだ。



私は手術続行中。多分胎盤とか、色々中に残っているものを引っ張りだしている。そこでちょっと上半身に痛みが走った。

「痛いです。気持ち悪い…吐きそう」

そう言って、吐いた。思えば今回陣痛より瞬間的な痛みではこっちの方が痛かった気がする。何をしてそんなに痛くなったのかはあまり考えたくないが



手術終了後、病室に運ばれ、すぐに授乳したと思うのだが、この日一日の記憶は私の中で朦朧としており、特に覚えていない。前日からの疲れもあり、すっかり寝入ってしまったようだった。
5月7日朝。

さて、産むぞ!と、意気込んで病院にやってきました。

早速「レイバールーム」(←出産室)に通され、陣痛促進剤を投与開始。

病院に着いた時点で陣痛の頻度を計ったところ、8分間隔でした。



点滴で、じんわりと陣痛促進剤と抗生物質を投与されていくと、丁度昼の12時頃には陣痛間隔が5分になりました。

この時点で助産婦が子宮口をチェック。まだ1cmしか開いていないとのこと。「今日は長い一日になるわよ」と言われましたが、この時点ではまだ陣痛自体がそんなに痛くなかったので結構余裕綽々で普通にご飯食べてました。



昼過ぎ3時頃。ようやく陣痛間隔が3分に。ここら辺から痛みが激しさを増してきました。例えて言うならひどい下痢の時のような痛みが周期的に来るわけですが、間のインターバルは全く痛くなくなるのでなんとか耐えることができます。

子宮口を開かせるために歩きなさいと言われ、病院内を点滴持ってウロウロ何十週も歩き回りました。

じっと寝て陣痛を待つよりは足を動かしている分だけ他に意識が行くのか、少しだけ楽になるような気が…とりあえず、一生懸命歩いてましたねー。気分的には非常に辛い坂をマラソンで一気に駆け上がった時の苦しさに少し似てたかな?



夕方6時には、陣痛間隔が1~2分にここまで来ると本当に痛い!!旦那が腰を暖めてくれたり、さすってくれたりして、何とか痛みを逃そうとしても、次々に陣痛が後からやって来るのでさすがにこれは疲れました。

実はこの時点で陣痛促進剤を3本投与。これが最大入れていい量だったらしく、ここまで来て子宮口が開かない場合は他の手立てをとらざるをえないとのこと。

子宮口、チェックしましたがまだ1cm!?なんでー?あんなに歩いたのにー。



もう母体がダメになるということで、下半身麻酔をかけることに。エピデュールと呼ばれるその麻酔は、無痛分娩に用いられるもので、こちらではメジャーなようです。普通に産みたかったけど、もういい、どうにでもしてくれー>< という感じだったので、笑気ガスを吸いつつ(←全然効かなかった)下半身麻酔してもらいました。



投与して15分ほどでようやく楽に。12時間以上戦って来た痛みがどこかへ。とりあえずほっとして少し眠たくなりました。



そのまま子宮口が開くのを3時間ほど待ってみたのですが、結局3cmしか開かずorz

お医者様も何でか分からないとのこと。

最終的に、帝王切開しかないということになりました。この時点で夜の11時。ああ、今日が終わっちゃう。今日産もうと思ってたのになー。