恋愛面倒臭いモヤモヤ~な日記を前回書いて、同じ気持ちの人がいるはずだ!とネットを見てたのですが…

また浮気されるのが怖い

って一文見つけて、これだー!と府に落ちました。

これまでに書いた気もしますが、私が15の時に父は浮気、家出、離婚をして、浮気相手との間に子どももいて(結局相手の旦那の子として育ってるみたいですが)…っていう、当時の私には人生で一番辛い出来事がありました。

でも、何があっても自分の道は自分で切り開いて行くしかなくて、受験生だから泣いてる場合じゃないし、母はヒステリックになってるから自分がしっかりしなくちゃいけないし…で、なんとかやってきました。

そういう人間もいるんだ。
と思うことで、自分の常識にとらわれずに16から約10年生きてこられたのは、ある意味父のおかげだし感謝もしてます。

でも、知らないうちに不審や不安が大きくなっていたようです。

今まで告白されても「何か違う」と思って断ってきたけど、本当にそれだけだったのかな?
付き合うのが面倒臭いっていうのは、本当にそう思ってるのかな?
一緒にいて楽しいって思える人と、どうしてもっと純粋に仲良くなりたいって思えないのかな?

あー、私、また裏切られるのが怖いんだ。他人ではなく、父親に捨てられたのが思ってた以上にトラウマなんだ…って、気付いたらそれこそ10年ぶりくらいに泣いてました。声出して。

自分が本気じゃないうちは、相手に何されてもダメージが少ない。そう分かってるから、なかなか人を恋愛対象として見られなくて。
面倒臭いってのは、本当は自分が本気になるのが怖くて、本気にならないための自己暗示だったようで。

だって親でさえ捨てるんだから、他人はもっと分からない。
もう傷付きたくない。あんな思いは嫌。
…そんな気持ちがあったことに、気付かないふりをしてきました。それすらも気付いてなかったけど。

でもこんな気持ちのままじゃ、この先誰とも前に進めなくて。進みたいのに。

拠り所が欲しい!また誰かが私を捨てたとしても、帰る場所が欲しい!
誰が私を永遠に愛してくれるんだろう?
って思ったときに、ふと「愛は寛容で…」という、聖書の一節を思い出しました。

(うちは離婚を機に、私以外の家族がクリスチャンになったので、聖書の言葉に馴染みがありました)

ネットでその一節を調べて、泣きながら声に出して繰り返し読みました。15の私の呪縛が取れるまで。
今までこんなに感情的になったことはなかったけど、10年誤魔化してきた気持ちだからしょうがないな…って思いながら。

そのうちスーッと気持ちが楽になって、ガガじゃないけど、神様はそのままの私を愛してくれるから大丈夫。って、心から思えました。
宗教って信じる信じないは自由だし、信じない人にとってはバカみたいな話だけど、信じることで楽になれることもあるな~と改めて実感。
自分でさえ信じていれば良いんだもん。

そんなこんなで、数時間の悩みだったんですが(笑)、本当に今は吹っ切れて、穏やかになれました。
本気になることも怖くない!

ドキドキルンルン♪な恋愛が自分に出来るのかは分からないけど、穏やかな恋愛でも良いし。

誰かをちゃんと怖がらずに愛せますように!





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