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2015.10.2 ブログは終了しました。
今後は自分の気持ちの吐き出しや心の整理の為の記事になるのでアメンバー記事になります。
尚、アメンバーは受け付けていませんのでご了承下さい。

9年前私もイタリアへ行くはずだった
準備をする間もついてからのことを考えるのも毎日毎日とにかく毎日キラキラ輝いた時間を過ごして泣きたくなるくらい幸せいっぱいでその日を待ち遠しく思ってた
あと少しでたどり着くはずだった
飛行機は着陸体制に入ってたはずなのに

私はイタリアには行けなかった
正確にはオランダにも降り立てなかった
あの詩はダウン症の子供をモデルに障害のある子供を育てることについて書かれたもの(だったかな?)だから
私は育てる存在がなくなってしまったから
オランダにもイタリアにも降り立てなかった


でも、迎えるために準備したこともあれこれ未来を描いて浮かれた時間も確かにあった
ただ私の愛しい人は冷たくて何も出来ることがなかった

再びイタリアへ行くチャンスを掴んだ私は前回の二の舞は立ち直れないと思った
イタリアへ行きたい、本当に行けるのか怖い

この子は助からない

そんな宣告を何度も何度もされて何度も何度も心が折れそうになって
雷雨やなんなら巨大なストームに巻き込まれて前回と同じでどこにも降り立てなくなるのか
オランダへの着陸の可能性も何度もアナウンスされた
そのオランダへもたどり着けるのかわからなくて怖かった
明日すら分からない時間も越えてなんとかイタリアに降り立った

降り立って、数年暮らしてみた感想は
あれほど思い描いたイタリアは実はイタリアではなくオランダかもしれないしほかのどこかかもしれない

イタリアは母親にとっての理想であって
毎日の育児に追われてイタリアなんて楽しめないしそこがどこかなんて気にしてる余裕なんてない
毎日チクチク怒ってる
一方では穏やかで愛に溢れた毎日を理想とする


あの詩は障害を持つ子を育てるオランダと障害を持たない子を育てるイタリアがモデルだけど

でも、たとえイタリアに降り立てたとしても
ふと周りを見渡したらイタリアじゃない場所にたってる人もいるし
思い描いたイタリアと違いすぎて戸惑う人もいる

9年前の私からしたらオランダでもイタリアでも
降り立つことが出来たなら
それだけで羨ましかった
温かい我が子に触れられて
埋葬許可を出される様なストームの中に放り出されてしまわないだけで羨ましかった
どんなに小さなことでも我が子にしてあげられることがあるなんてどれほど羨ましいと思ったか
あの子にも生きていてほしかった

でも、世界はオランダとイタリアだけじゃない
オランダに近いイタリアも
イタリアに近いオランダもある
きっとどちらとも違う所もある

私が降り立つことができたのはどこかな
全くのノープランでノーリサーチで今目の前にある景色を楽しむ余裕を持って
今立つ場所に感謝して
日々をこなしていくだけ