自律神経暴走中な私にとって
日々、一日の体感的な長さが
長くなって来ている。
家の中にいても
日に何度も襲ってくる
パニック発作。
ゴミ捨てに行く時も
ポストを見にいく時も
人の声が聞こえるだけで
(話している方には何の罪もありません)
発狂したくなるような感覚。
ストレスが限界値を超えすぎている。
全然気持ちが乗らない状態で
半ば強引に
自分が栽培している植物たちを
お世話するのでさえ、しんどい。
「でも植物は無害だよな」と
時々思う。
テレビを見ると
温かい人は世の中にいるんだなと思う。
でも、私の周りにはいない。
いるけど、いない。
年に数回会えたらいい方って感じだから
それ以外は孤立状態なのだ。
母が長年かけて
嘘といじめを使った成果。
嘘がバレないように
嘘を重ね続ける大ベテランな
テクニックは
悪人の手本としての
闇の講演会があったら
人気が出て呼ばれそうレベル。
それでも懲りずに
私に良くしてくれる人はいたが
仕返しのように
彼らをいじめることで私から遠ざけた。
子供の頃もそう。
何かの記念日にプレゼントを
送ってくれる人たちに
嘘か嫌がらせをして私から遠ざけた。
今も「心配してくれている人」は
密かにいると思う。
でも母のいじめが待っているから
何もする気にはならないだろう。
そうやって
私は孤立してきたんだなと
改めて思い知る。
上記のカラクリが明確にわかった時
既に長女は手に負えず次女は病んでいた。
次女が亡くなっても
何もなかったかのように
自惚れて過ごし続ける
あのクソババァへの恨みは
尋常ではない。
脱北者の話を観ていた時
「自由になるために...」と
まるでマリーアントワネットの最期のように
凛として処刑された方のエピソードが
あった。
そっちの気持ちの方が
わかってしまう。
自律神経がここまで暴走する
PTSDのようなボディとも
長く付き合いたくない。
母は経験から
「いじめられた人は長生きしない」と
知っている。
だから
次女が他界してから
わざとソレを熱く語られた。
「はよ死ねや」と思われてるのは
今始まった事ではない。
私より長生きして苦しめと
毎日念じているほど嫌いだ。
本心をリアルに語れば
精神が病んだ人でしかないのは
承知している。
でも、その経緯があってそう思う
という反応が出てくるのは
人体の正常な反応とも言える。
学問的に
そうだよなという意味で。
ーー
テレビで「心のケア」と聞くと
ゾッとする。
事件のような衝撃的な出来事に対し
本当にケア出来た人は
何人いるんだろうか?
次女には何も効果がなかった。
多くの人が
温かく接してくださる環境でこそ
心のケアって
何とか儚い感じで成し遂げられるか否か
だと思うし
少なからず大掛かりな事が必要だと
個人的には思う。
ではないと
被害者側に新たな苦痛をもたらす
リスクがある。
温かい環境が親戚ぐるみで、が
最善なのだろうと思うが
我が家には無縁で今日まで来たし
意地悪な人の人口密度が高い親戚ゆえ
我が家は
自ら距離を開けている分も含め
今日も孤立している。
人の寿命って
生まれた時から決まっている
説があるけど
あながち嘘じゃないのでは?と
最近思う。
周りが頑張って出来るのは
僅かな延命なのかもしれない。
量子の研究で
死んでも意識は残る説があるけど
そういう意味では
やはり魂といわれる存在はあるのだろう。
昔から言われていることには
意味がある、って
そういうことなのかなぁと
淡い感じで思ってみた。
早く
この体から離れたいと毎日思う。
恐らく母は私のことを
「まだ生きてる!しぶとい女!」
くらいは思っていると思う。
私も自分にそう思う。
「あの人の子供」という立場から
解放されたい。
自死はしないと決めていても
時に頭には過ぎる。
だから残りは短命であれと
心から願っている。
これで私の寿命が長かったら
自分を呪いたいくらい
毎日がしんどい。
ーー
ココまで
お付き合いくださった方が
いましたら
有難うございます(お辞儀)