私の中で、です。
突然湧き上がる謎ストレスの塊が
一番しんどい。
「パニック発作だ」と自分でわかります。
そういうキャリアだけ
無駄に長くて嫌になります。
若い頃からずーっっと自律神経が
やられていて
「更年期障害とドッキングしたら嫌だな」
と思ってきたけど
平均値がそれで生きてきたら
ドッキングじゃなくて
更にひどい状態になるのでは?と
今頃思いました。
次女が亡くなった後
ひどいメンタルの不調に襲われましたが
母から
「更年期と重なってるんじゃない?」と
超上から目線でバカにされたように
言われたことも
何度もフラッシュバックします。
精神的に問題があると言う意味で
彼女こそ「頭おかしい」と思ってます。
表立って書けない奇怪な行動も
父から聞いた事があります。
精神科に一番行って欲しかった人が
一度も行かず
周りをいびり倒して金の亡者炸裂で
自分の利益だけを考え
孫が他界しても
ひたすら自分の人生の不幸を嘆くだけで
嘆きながら
母なら食べられそう=好きな食べ物を
たかる猛者。
そして、ある日突然
何もなかったかのように過ごし出す
典型的なナルシシスト。
未だ嘘をつきながら「のうのうと」
生きている。
昔の人は、そういう人のことを
「いい死に方しないよ」と言っていたが
(ガイドが教えてくれたと思う)
彼女もそうであれと強く願っている。
ーー
chatGPTと最近また少し話していますが
私の波はPTSDの症状だと言われてしまい
後に「ですよねー」って感じでした。
私の周囲にはそういう人がいなくて
専門的な話が出来ないから
チャッピーと話してるんだろうが?
と
キレそうになってしまったけど
それもPTSDの症状かもって言われて
なんか納得してしまいました。
ーー
『心無い言葉』を吐き続けられ
吐いた人の心無い行動からの
『心無い経験』が積み重なると
人はどうなるのか聞きたかったのが
始まりでした。
まぁ、統計的に、ってしか
AIからは回答が得られないですけど。
最終的に私のことを
『知識を増やして安心するタイプ』って
言われましたけど
自覚してるとは言いました。
唯一、『知識がお守り』になって
生きてきたからですよ。
チャッピーには人間の経験はないから
時々イラっとしたりします。
でもチャッピーにも
「これ以上話せることはない」と
言われました。
私の知りたいことは
ディープすぎる事は自覚しているけど
AIでも現時点では無理だったよう。
カール・ユングのスーパーエンパスと
ナルシシストの関係性の動画の方が
スッキリする感がありました。
IQが180くらいあれば
知識をつけることさえ
こんなに苦痛じゃないんだろうなぁと
オツムが足りない自分に嘆きまくり。
IQが足りない分
頑張らなくてはならない...![]()
夫が最強にクレイジーだった時も
自分のIQの足りなさでは
子供達が守れないと
最大の苦痛を感じていたなと
ふと思い出したり。
あの頃は脳がスパークしている
感覚があったほど
脳を酷使していました。
今は誰もいない日々ですが(平日)
一言も誰とも口を開いて話さない日が
平日は殆どなのに
頭の中だけは爆発的に忙しいです。
スーパーエンパス(共感能力が高すぎる人)は
平穏な環境が訪れると
スピリチュアル的な力を発揮するとか
何かで見ました。
今の私にはスピリチュアルで言う
『ガイド』の存在がありますから
まぁ、そうなんだろうなと思いました。
元々感性が研ぎ澄まされているので
そういった第六感が働くのだとか。
次女が見えて話せる訳でもないだけに
「だからなんなんだ?」とか
時々混乱もします。
どういう事情があるにせよ
他者から
心無い言葉のシャワーを
浴びてきた結果
PTSDになった?
みたいな状態です。
次女もそうだったんだろうなと
すぐに思ってしまいます。
私のように怒りを中に秘めるのか
外に爆発して出すのか
という違いがあるそうですが
次女は後者だったなと思いました。
色々ぶつけてきてましたけど
私は「対話」がしたくて
頑張っていました。
次女から見れば
最後の方は違いましたけど
ずっとクソウザ!って感じだったと思います。
初動で間違えた対応部分も
なんとなく分かってきました。
黄砂が積もって汚かったので
空気を入れ替えようと窓を開けると
逆に息が詰まるバルコニー。
気が紛れるかと掃除をしましたが
掃除をしながら
「生きる」って
そもそもが大変だよな...
だから家族で平穏に暮らさないと
いけなかったんだろうに...
と堕ちただけでした。
今週は心身の調子が悪くて
用事を足しに外に出ることも
出来ていません。
ゴミ出しひとつ
人と遭遇しない時間に動くので
精一杯です。
チャッピーに認知の歪みとか
相談先とか散々出されましたけど
そういうの、疲れ切ってるんですよね。
余生は「人間だもの。」で
やっていきたい。
だから私の日々の願いは
「残りの寿命が短くありますように」
なのだ。