金曜日の夜から温泉に行くはずだったのですが、その朝とても悲しい知らせが入りました。近所に住んでいて、約30年家族ぐるみで親しくしていたおじさんが危篤の状態という知らせでした。
私が小学校4年生、さえこが小学校2年生の時にこの家に引っ越してきました。さえこは近所の小学校に転校することになり、そこで双子の女の子と仲良くなり、うちに連れて来るようになりました。私も一緒になって遊ぶようになり、よく4人で遊んでいました。そのうち親同士も食事したりするようになりました。双子ちゃんのお父さんはミュージックビデオを撮ったり、CM、番組などの映像の会社をやっていて、父と通じるところも多く、意気投合!うちの父は個性的なので、誰とでも仲良くなりそうに見えて、本当に合う人って少ないんです。でも、おじちゃんとは本当に合っていたと思う。落ちついていて父の気持ちを受け止めながら、意見を言ってくれて父も年下のおじちゃんをリスペクトしていました。ホンダの車のお仕事では、おじちゃんの映像に父が音楽をつけたこともありました。
記念の日には2家族で過ごし、バーベキューをしたり。毎年大晦日もお正月も一緒に過ごしていました。
子どもの頃、私達4人の好きな遊びは映像を撮ること。みんなでストーリーを考え、私が映像を撮り、3人がお芝居をする。アドリブで3人が演じていて、3人とも才能あったと思う(^^)BGMも入れて、完成したら、親達の前で上映会をする。映像を撮ってるおじちゃんに褒められると特別嬉しかった。
4人でうちで遊んでいて、もっと遊びたい時、双子ちゃんの家に電話をかけて、お母さんが出ると怒られるので、声を変えて「清さんいらっしゃいますか?」とかけていた(^^)そのくらい気持ちを分かってくれる優しい人だった。通らなそうな話は「清に話してみよう!」とみんなで相談していたのを想い出す。
大人になってからも、その関係は変わることなく、親達は飲みに行ったり、旅行に行ったり。大晦日は変わらず集まっていた。3.11の時もみんなで落ちこんでいたけど、この先どうなるかわからないからいいお酒全部開けちゃえーってみんなで飲んだ。
そんなおじちゃんが体調を崩したのは1年前。それでも、お仕事もしていたようだし、痩せてしまっていた時期もあったらしいけど、最近はいい治療が見つかり、元気になってきたと聞いていたので、その知らせに本当に驚いてしまった。
おじちゃんは先週とても体調が良かったようで、メガネ屋さんに行ってメガネを作ったり、歯医者に行ったり、奥さんとワイン屋さんに行ったり、娘夫婦とご飯に行ったり、すごく生き生きと過ごしていたらしい。
そして病院に行く日、身体が浮腫んでいたらしいが病院に行くと肺炎を起こしていると診断されて、たまたまその時奥さんと連絡をとっていた母が知り、父とすぐに病院に駆けつけた。おじさんは意識もあり、父母に挨拶し、その後いびきをかいて眠り、父母も帰ってきた。
でもそのまま目を覚ますことはなかった。
翌朝連絡をもらって、仕事を早退しさえこと行った時は意識はなかった。さえこと泣かない約束をして行ったのだが、その姿を見た時は涙が出て止まらなくなってしまった。
その後父母も到着。
みんなで、いろんな想い出話をたくさんした。私達家族の出会いからはじまり、今まで。面白いことがたくさん。みんな笑いながら泣いてた。全てが幸せな貴重な時間だったんだな〜。どんな時もおじちゃんがワイングラス片手に微笑んでた。
おじちゃんが好きな曲をたくさんかけた。ブルース、酔っ払うと踊りながら歌ってたサントワマミー。おじちゃんが全盛期のチャゲアスのPVを撮っていた時の曲。そして、おじちゃんはいつも1番好きな映画はニューシネマパラダイスと言っていた。
ニューシネマパラダイスは貧しい少年がイタリアの有名なプロデューサーになるお話。お米屋さんの家に生まれたおじちゃんがこういう仕事をで成功し、自分と重なると。奥さんは大袈裟と笑っていたけど、私はおじちゃんの人生は本当にニューシネマパラダイスだと思った。
仕事が好きでギリギリまでいろんなことを抱えていたのが分かる。訪ねてくる仕事関係の方々が、「岩沢さん来週オンエアだよ。」「アメリカで仕事するって言ってたでしょ。企画書かいたよ。」とか、みんなが話かけてた。作品を自分の子どものように大切にして、世にでるまでギリギリまでサポートしていたのが身に染みた。おじちゃん格好いいな〜と心から思った。
ニューシネマパラダイスの曲は本当にいい曲でおじちゃんの人生と重ねて心に染みて染みて。涙無しには聞けなかった。
私達が帰る前、本当はいけないことなのかもしれないけど、おじちゃんを囲んでみんなでビールを飲んだ。
今まで30年間ずっと、こうやってみんなで飲んできたから。
おじちゃんも一緒に飲んでいたと思う。
夜家に帰り、その数時間後、おじちゃんが亡くなったと連絡がきました。
この週末、谷家はとても落ちこんでいて、みんな調子が戻らない感じだった。珍しく父も元気ない。
それだけ谷家にとって大切な人だった。
おじちゃんと最後に過ごした時間は本当に良い時間だった。そこにいることが出来たことを幸せに思う。
素敵な人と出会えたこと、今までたくさんの喜び、楽しい時間をありがとうございました。
心の底から尊敬しています。
みんなが時間差でそちらに行くけど、いつか天国でみんなで集まってまた飲みたいな。