吉日となれば幸い。
目的は発想力の向上と日頃の思想の共有。

思えば今の仕事も三年目に入った。
求められる力が見えるようになってきた頃だ。
発案や提案は抽象化された分野であり、前職の経験が生き辛い。
「やりがい」と唱われているものに無我になる程精神的活力は残っては居ないが、いい塩梅でストレスとなって上手く付き合いたいと思う。

それよりも危惧すべき事がある。
最近は自宅に帰ってからというものゲームを集中的にやらなくなった。
ただプレイしたくないのではなく、心を揺り動かす程の作品に会う機会が年々少なくなっているような気がした。
大人になってしまった、ということだろうか。
もう少し視野を広く持ちたいものだ。子供の頃のあの純粋さを。

先週と比べて電車の中は人がかなり多い。
やはり普段の生活に戻ろうとしつつあるのだろうか。
緊急事態宣言中もしっかりと仕事があった私は日々電車の中の様子を見ていた。
閑散としていて、とても東京の電車とは思えなかった。
私は人ごみが苦手なので人の居ない通勤電車は少し嬉しい時間であった。
今こうして人が戻ってきていることは良いことではあるが内心複雑である。
東京のあの静けさはもう体験することも無いだろう。