天使ママ バンビのブログ 〜ONのあたし*OFFのあたし〜

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☆アメンバー承認は何度かコメントのやりとりがある方、直接お会いしたことがある方、blogをやってる方に限らせてもらってます☆

2012年、ピルビン酸脱水素酵素複合体欠損症で最愛の娘を新生児死で亡くしました…。
妊娠7カ月で異常が見つかり、赤ちゃんの体重が増えるのを待って9ヶ月で予定帝王切開…
5日間頑張って生きてくれた娘の病名が分かったのは娘の死から2ヶ月経ってからでした…。


息子と次女の事も書いてます。

天使ちゃんの話だけ読みたい方はテーマ別からどうぞ⇒


現実逃避をしてた時期もあったけど、今思うことは「娘の死を受け入れることがあの子が生きた証なのかも…」という事…。



生きれる命がある事のありがたさ、



この世に死んでいい命なんてないという事…



Blogを通して伝えていけたらいいなと思います。



2015.4.15

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娘を亡くしてもうすぐ丸7年です



年々泣くことは確かに減りました



他人の何気ない言葉や下手な慰めにもだいぶ慣れました




でも




泣くことが減った代わりに
増していく感情があります。。。




それは
新年が来ることへの抵抗。。。







年が明けると
すぐに娘の誕生日がやって来ます




娘の出産は
今思い出してもとても怖い記憶です。。。




妊娠7ヶ月検診で初めて異常が見つかり
個人病院から市民病院へ




胎児MRIを受けて異常が確定




出産は出来るけど
赤ちゃんはうちでは診れません

という絶望的な言葉に号泣したあの日




母子ともに受け入れてくれる病院を探してもらい、
市民病院から日赤病院🏥へ移ったのが予定日の2ヶ月前  
12月の事でした




初診で診てもらった先生からの

『何故うちに来たの?
他にも産めるとこ、あるでしょ?』という言葉に絶望を通り越して怒りさえ込み上げて来ました



でも、母子ともに受け入れてくれる病院は県内にはここだけ。。。




我慢するしかなかった。。。



その後一回診察に通い

年末最後の開院日に診察
正月休み中の休診日にNSTを受けに
年始初の開院日は診察



そして正月が明けて予定帝王切開のため入院
翌日予定日より1ヶ月早い出産
5日後に娘永眠



日赤病院の初診日から1ヶ月間の出来事です





一生分の恐怖を
7年前のこの1ヶ月で全て味わった気さえします




その記憶が年々、鮮明にというか
◯年前の今日はこうだったな。。。というように
何気なく日付を見て記憶が蘇る。。。




 

12月に入ると特にだめです。。。




なんにもやる気がしなくなる。。




体も心も活動することに抵抗してくる。。。




とにかく
出来るだけ 無 でいたい




今年は特にひどく
いまだにクリスマスツリーが出っ放し。。。
これはただのズボラか




そんな感じで
また新しい年がやって来ましたが
我が家はいたって普通の日々となんら変わりありません



大掃除という掃除もやってないしね








最近ブログから離れつつありましたが
娘の命日が近いので
ちょくちょく更新すると思います




お付き合いしてくれる方がまだいらっしゃるか分かりませんが



よろしくお願いいたします