今月に入ってから、またヨガすると身体が痛くなってきて、
昨年の真っ暗なトンネルほどまではいきませんが、結構マインド的にブルーな感じ。
何故だろう? 何故かしらん??と自問自答しているのですが、
導き出した答えは、仕事がヒマで昼間ボヤーっとしている時間が増えていること、
あとは、早くヨガが上達したいという焦りから身体に力が入って、
結果以前と同じような現象が出ているという感じなのかなと。


ヨガをする時に身体に力が入る理由をググッていたら、
『身体が緊張するというのは、”わたし”という意識が強い』
ということが書かれてて、
自分自身との調和が足りていないという事のようです。


痛いところを感じることで、そのストレスを客観的に見つめて受け入れた上で、
ほぐしたりゆるませていくのがヨガの練習で、私は上達を焦るが故に、
自分をムダに頑張らせようとしているのかなーと、思ったり。
結局、無理に理想の状態(私の場合だと、キレイなポーズを無理して
しようとすることだったり、現状だと出来ないものを出来るように
がむしゃらに頑張ることだったり)へ強引に持っていこうと強いる結果、
自分の身体により大きな不調和(身体の痛み)を
与えてるってことに気がついたわけで。。。
練習を重ねる中で、自分にとっても心地よさを見つけていく作業を
トライ&エラーしていく中で、身体としっかり調和していくことで、
最終的には自分の心にも調和がとれていくのだろうなーと。


結局は、自分の本質(コア)と繋がる上で、その周囲にあるエゴからの解放が
できないが故の、エゴにがんじがらめということでしょうか。。。(汗)
頭では分かってるのですが、実際事象を目の当たりにすると、
エゴを手放していくことって、本当に難しい。
理解することと実践することは大きな違いがあって、
まず私にはこんなエゴだと気付くところから始まり、
そんなものがあるのだなという認識を何度何度も繰り返ししながら、
エゴを1つずつ手放していく作業をし続けていくわけで、
エゴと自分の本質の分離の気付きをヨガを通してやらせてもらっているのだなーと。

例えば、今の私の分かりやすい例だと、、、
「ハンドスタンドが自分の理想通りに出来ない」という事象に対して、
私のエゴは「(何度やっても出来ない自分に対して)ほんと私ってダメだなとか、
はたまたムカつくぜー」とかといった感情が浮かんでくる訳で、
今の出来ない状態を一旦は受け入れて、そんな自分でもOKというレッテルを貼りつつも、
コツコツと練習を重ねる中で、心地よい状態を見つけると自然と出来てた!
という具合になるのかなーなんて。

先生にハンドスタンドのアジャストしてもらった時に、
手・肩・腰・足が一本真っ直ぐに乗った時のハンドスタンドって、
重力を感じることなく、まるで立ってるかのごとく楽にホールド出来て、
なんの力みも踏ん張りも必要もなく、逆立ちができてるんですよね。

ま、結局のところ、私は何事においても焦りがあるという事なんだと思います。
そう、それはわかってる、待つというのがすごく苦手な私。。。
ま、バランスがとれてないからこそバランスがとるということが分かるわけで、
身体が痛いからこそ身体の心地の良い状態も分かる訳なので、
今の痛みも心地よさへの必要なステップとして受け入れることが必要なのかなと。


私という人は、大きな理想(とうか脳天気な妄想)があるのはいいが、
遠くを見すぎているから、小さいことにシアワセを感じなかったり、
見過ごしたりとか、
そんなクセがあるわけで、
『足るを知る』ということを、学ばなければと思ったり。

自分の中にある固定観念や思考パターンをヨガを通して知って、
かつリリースしていく中で、今まで経験してきた中で培ってきたエゴは
そう簡単にはリリースしきれない、というか死ぬまで出来ないかもしれないけど、
結果をすぐに出したいことを望むエゴを持っている私は、
まんまとそんなエゴに絡め取られてるわけで。。。
理論的には理解はしているのですが、エゴってヨガ以外の日常生活でも
出てくるものでして、気付いてはリリース作業を繰り返していくしかないのだねーーー
自分は頑張ってる(つもり)だから、見返りとして見える結果が欲しいという、
結局それって執着していることでもあるのかも?


そういった意味で、もう少し貪欲に本腰を入れて、自分の思考のクセについて
洗い出しをしなくてはならんなぁと思ってしまいました。
やっぱり、ぬるま湯に浸かってる自分なんだと。
本気でコミットしないと、すぐに戻されちゃうのだよね。
自分を変えたいと思っていながらも、今の生活で満足ではないけど、
困ってる訳ではなし、、、というスタンスが、
中途半端な自分でグルグルしているのだなーと。

やはり、ヤマ、ニヤマから始まるヨガの八支則をきちんと学ぶ必要がありそうだ。
昔から、恵まれている環境だから感謝が足りないと結構言われるコトがあり、
気付いてない私は、覚えてはいるけどその言葉を軽く捉えてすぎてたけど、
最近はその言葉の意味が少し分かってきた気がします。
(ようやくかって感じなんですけどね。)


ヨガはその人にとってベストなタイミングで訪れるそうで、
やっぱり去年の私に必要だったからようやく本気で取り組むことが出来て、
スムーズに入り込めていったんだなーと思ったり。
10年前から出会ってたけど、結局エクササイズ止まりだったのは、
自分の準備が整ってなかっただけで、自分を見つめることを無意識に
避けていたんだなーと思う今日この頃。
自分を見つめるのが、怖かったのでしょうね。
何気に、こわがりさん。な自分も理解。
なんだろ、自分の中のブラックなものを見るのが怖くて仕方がなかったのだと思います。


あーーー、なんか、今月は色々と考えさせられてます。
自分の思考のクセ(特にネガティブな方)をせっせと書き出しております。
次から湧き出てくるのが超コワイのですが、
ま、端的にいうと、私はわがままなガキってことですかね。オホホ。
この年齢にして恐ろしい、こんな私の存在を許してくれている
周囲の人には本当に恵まれて炊いたということでもありますね。

も少し、もがきたいと思います。
(今回は、もう少しトンネルの中で見つめる必要ありですね。)






でわでわ~