アニマルコミュニケーションができるように

なりたいと思い立った日からずっと瞑想にチャレンジしている。

まだまだ長い道のりだが、

できるようになるまでの道のりを楽しみたいから

時間がかかることに対しては気にしていない。

 

瞑想は「今」、「ここ」、「自分」に意識を向けなければいけないそうだが、

過去にあった出来事が次から次へと思い出される。

その過去を手放すために、ここに書き留めることにした。

自分のための記録であるため、

記憶が曖昧なところは事実とのズレがあるかもしれない。

 

 

瞑想をしているせいか、

宗教、スピリチュアル、占いなどとの

自分のこれまでの関わりを思い出した。

 

実はとても仲の良いお友達と

疎遠になってしまった経験を2回している。

 

1回目は

友達があの話題になっている教会に入ってしまった時。

 

2回目は

友達がスピリチュアル系になったことに目覚めた時。

 

全く違う状況だが、

両方とも悔やまれる出来事である。

本当に本当に大好きなお友達2人だったから。

 

この2回の経験は友達を失うという辛い経験だが、

多くの学びがあり、それによって今の私がいる。

それには感謝している。

 

というのも友達との経験があったお陰で

私は宗教、スピリチュアル系、占いとは距離を置くことができている。

私の経験が誰かの参考になるかはわからないが、

どれも注意すべきポイントがあるので書き留めておく。

 

ケース1

もう30年以上前の話である。

私は友達のC子の家であの教会の合同結婚式の映像を見ていた。

結婚したばかりの何百のカップル達が空へと飛んでいく

数百の風船だったか、鳩だったか、それとも両方だったかもしれない物体の行方を

追って上を見上げている。

期待に胸を膨らませて目が輝いているようにもみえた。

私は目を画面から逸らさないまま、「わ〜。みんな幸せなのかな〜。」とC子に言うと

「この人たち、教祖様のxxを飲まされるらしいよ。」とC子。「え?なにそれ?気持ち悪すぎない?」と私。

更にC子は「儀式でお互いのお尻を叩いたりするんだって。」(これに関しては事実かどうかは知らないが、

C子はこの教会のあらゆる変な側面の情報をもっていて、テレビを見ながら私におもしろ半分に伝えてくれていたのだ)

 

続けてC子は「変だよね〜。どうしちゃったんだろう、この人たち。」

「宗教の教えに従っていれば、心配事はなくなるのかもね。

人生、楽になるのかもしれない。。。。」

という女子同士のあまり深くまでは掘り下げない、たわいのない会話がダラダラと続く。

でも当時の私とC子の二人のスタンスとしては

この状況(合同結婚式、またその組織)は確実におかしいよね、

というものだった。

 

それから何年か経ち、C子は25歳になった時、

田舎の同級生達は結婚しているのに自分が結婚していないことを

気にし始めた。

昭和の当時は都会でも25歳で結婚していない女性は

12月25日を過ぎたクリスマスケーキに例えられ、

賞味期限が切れたと言われたひどい時代だプンプン

彼女の田舎には行ったことないが、

更に保守的な考えだったのだろう。

田舎に帰る度に結婚していないのは自分だけだ、

と多少悲しそうに言っていたのを覚えている。

 

また、もう一つ、この時期から

彼女はこれまで気にすることなかった自分の身長を

やたらと気にし始めた。

148センチ(?)という身長だったかな。低いかもしれないけど、

彼女はとても上品でおしゃれで、その身長は彼女の魅力の一つだった。

自虐的に「背の高い男の人が肘を乗っけってきて、

肘掛けがわりにされた。」と迷惑そうに話しながらも

みんなを笑わせていて、嬉しそうにしていた。

 

25歳という年齢になるまで身長を気にする様子がなかったのだが、

ただ、小さい頃に親に身長を伸ばすための注射を打ちに

医者のところに行かされた話をしていたので、

心のどこかに背が低いことへのコンプレックスをずっと抱えていたのかもしれない。

 

そして結婚していない自分を振り返り、

結婚できないのは身長のせいだと思い始めてしまったのだ。

「昔のある小さい村は、親戚同士が結婚していって、子供を産むことが繰り返され、

村の人々の身長がどんどん低くなっていったらしい。」ということを本で読んだとか、

自分の身長の低さの原因を一生懸命に調べていた様子だった(インターネットがない時代)。

 

そんなちょっと落ち込んでいるというタイミングで、彼女は友達に誘われて

占い師に手相をみてもらうことにした。

私は「おもしろそうだね、結果教えてね。」と言った。

結果を聞いておもしろそうだったら、

私もみてもらいにいこう、くらいにしか手相占いに対して思っていなかった。

でもこれがあの教会への入り口だったのだ。

(この占いの場所、どこって言ってたっけな〜。飯田橋?違うかな〜。場所は忘れてしまった。)

 

C子は私より年上だったけど、私と彼女の間では歳を意識することは全くなく、

なんでも話し合える仲だった。

もともと同じ職場だったが、バラバラになった後も

私たちの友情は変わることはなかった。

友達の多い彼女は私を自分の友達の輪に招き入れてくれて

バーベキューパーティをしたり、コンサートに行ったりと、

普通に20代を楽しく過ごしていた。

 

ところがこの占いをきっかけに私とC子の関係が少しずつ変わっていく。

占いに行った後、私との約束をドタキャンしたり、

私からの誘いを断る頻度が増えていった。

 

メールが普及していない時代、彼女との連絡は常に電話。

ドタキャンした理由を彼女に尋ねると、

「ごめ〜ん。また占いに行かなきゃいけないの。」という。

「え?占いって先日行ったんじゃないの?一回でみてもらうもんじゃないの?」と私。

「なんか詳しい説明をするためのセミナーをするみたいだから行ってくるね。」とC子。

 

友達と一緒に行くって言っていたし、占いは人によって興味の度合いが違うので、

興味がある人はセミナーに行って詳しく知りたくなるのだろうという思いもあったので、

この時点では何も疑いを持たず、

「あ、そうなんだ。じゃ、またね〜。」と言って電話を切った。

しかし、C子はこのセミナーに2週間ごとに行くようになった。

そして私に「変な宗教じゃないの?」と言われたくないがために、

詳しいことを話さなくなったが

彼女の中では宗教ではないという確信があるようだ。

 

彼女の様子が少し変化してきたので私は彼女の家に泊まりに行った。

いつもの彼女と変わらないようで、何か変わっている。

彼女は今まで私とはあまり会話にしないことを言い始める。

「セミナーでは世の中の流れを説明してくれて....」とC子が話す。

一緒にテレビを見ていても世の中の流れに全てのことを繋げて話す。

その時私はこわくなっていったのを覚えている。

 

ただ、C子にそのセミナーに行くのをやめた方がいいと言ったら

彼女は強く反発するだろう。彼女にとってそのセミナーは

私が知る由もない世界の流れを教えてくれる場所だから。

当時私は彼女の言っていることに興味があるふりをして、

話を詳しく聞いた方がよいという判断をした。

だが、だんだんと心配になっていった。

「セミナーでどんなことするの?一個一個詳しく説明して。」と

ちょっと圧強めに聞いてしまう。

「説明するのは難しい。セミナーを受けた人にしかわからないの。

とにかく世の中の流れがわかるの。世界の情勢がわかるの。全てのことがそれで説明がつくの」

大昔のことで記憶が曖昧だが、

私はその時彼女から聞き出せたのは

彼女は日帰りのセミナーだけではなく、泊まりがけのセミナーにも行ったとのこと。

 

(当時、自己啓発セミナーというのが流行っていたので

最初C子はそれにハマってしまったのかもしれないと思った。

自己啓発セミナーは今となっては大手企業で取り入れられるようになったが、

昔はそれはそれはあやしいものだった。

かなり高額で自己啓発セミナーを受けた人はこれまた洗脳されたかのように啓発されてしまい、

人を容赦なく勧誘していた。)

 

C子は私を勧誘するようなことはなかったし、

むしろ私にやめた方がいいと言われることを警戒しているようだった。

私は思わず何度か聞いてしまったのだ。

「それ、変な宗教じゃない?」

彼女は絶対に違うとその度に答えていた。

 

それからも私は彼女を遊びに誘った。日程を決めるも、その日が近づくと

彼女は私に「ごめ〜ん、行けない。」と言う。

断られても私は彼女を誘いつづけたが、私も仕事が忙しかった時期があり、

気がつくと2ヶ月ほど彼女と話しいなかった。

久しぶりに彼女に電話をかけて話すと、

彼女は世の中の流れについてまた語り始めた。

「この流れを人生の中で知ることはあるが、

10年経っても知らない人もいるので早く知った方がいい。」と。

そしてその後彼女はこう言った。

「あ、ごめん。え、私、何を言っているんだろう。こんな話をして、今、こわくなったよね。」

私は何も言うことができず、彼女はそそくさと電話を切ってしまった。

 

とにかく奇妙な会話だったのを覚えている。

まるでC子は話している途中で我に返り、

自分が私に訳のわからないことについて熱弁をしていることが

自分でも信じられない様子だった。

一瞬、いつもの友達のC子に戻っているかのような。

 

洗脳のプロセスというのを私は知らないが、

その奇妙な会話から、C子はきっとちょうど洗脳されるその狭間にいるのだと思った。

今だったらまだ彼女を説得して、もうこれ以上セミナーに行くな、

と、はっきり言うことができるかもしれない。

仕事のためにその奇妙な会話を交わした翌日に行く事はできなかったが、

翌々日、私は彼女の目を覚まさなければいけないと意を決し、彼女の家に向かった。

 

彼女に会ったらなんと言えばいいのか、決めていなかったが

おかしい、おかしい、おかしいよ、C子!

私はもっと強く彼女にそのセミナーは

あやしすぎると反発を恐れずに言うべきだった。

今日こそ言ってやろう。

 

ところが彼女の家に着いたら、時すでに遅し、

彼女は引っ越してしまっていた。

え?一昨日、電話で話したのに。こんなことあり得る?ショック。

 

この話はここで終わらない。

彼女とは2度と私は連絡が取れなくなってしまったが、

彼女から1通の手紙が私のところに届き、

彼女の友達から私のところに次から次へと連絡が来た。

その友達の中の一人と私はコンタクトをとり続け、

彼女の居場所を探すことに。

居場所を探していく中で、

彼女とこの教会の関わりについていろいろ知ることになる。

 

なんだか、変なことを思い出してしまったが、

注意を促すために思い出せる限りのことを書いてみようと思う。

 

続きは明日以降。

おやすみなさい。