私の人生設計(HAPPY育児・HAPPYライフより)

私の人生設計(HAPPY育児・HAPPYライフより)

子育て奮闘記・日々の些細なことを書いていたブログ

2018年に一度、止まり
2026年1月、再びここに戻ってきました。

年月が経ち、
いろんな出来事を通して、
今は少し違う視点で
同じ場所に立っています。

このブログは、
私が私の人生に戻っていく記録です。




子どもができてから



私の意識は自然と子どもに向かうようになった



それは当然で



普通のことだと思っていた



良い悪いの話ではなく



そんなものだと思っていた



母性というもので



守らなければと体が反応する



野生本能のようなもの



この子を守らなければ



人様に迷惑をかけない子に育てなければ



何不自由なく
一人でも生きていける子にしなければ





今思えば



そこには



いろんな期待も重なっていたのだと思う



それがだんだんと



自分では



子どもの尊厳を尊重しているつもり



でも知らないうちに



期待としてのしかかっていた



その頃の私は



初めてのことだらけの子育ての中で



何を信じていいのか



分からなくなっていた


周りの意見を聞いたり



自分なりのルールを作ったりしながら



とりあえず動いていた



そんな感覚だったと思う



私は余裕のない状態のまま



子どもを守ろうとしていた



ただ


あの頃の私は


必死だった



私は長い間


自分の存在価値を


「どこ」に置いて生きていたんだろう??


振り返ることがあった


仕事をしているときは
会社に置くPC


結婚すると
夫に向くスーツ


夫に認められないと苦しくなるタラー


子どもが生まれると
今度は子どもに置く立ち上がる


価値の置き場が


無意識に移動していく走る人



子どもに置いた瞬間


世界の中心が子どもになる立ち上がる



喜びもルンルン
不安もアセアセ
怒りもムカムカ


全部が子ども基準になる


私たち夫婦はそれぞれが


相手に期待していた


「夫とはこうあるもの」男性トイレ
「妻とはこうあるもの」女性トイレ


それぞれの基準が違うまま


相手に求めすぎていた


外側を固めることで


関係を保とうとしていた


その空気は


知らないうちに


家の中にも


広がっていたのかもしれない


それが正しかったかどうかは


今でもわからないほっこり


ただその頃の私も夫も


それが精一杯だったあせる


人は結局


自分の価値をどこに置くかを


探し続ける生き物なのかもね照れ


こうして振り返ると


私の存在価値の在り方は


カヌレのようだった


外側は求められる形に合わせて固め


本当の柔らかさ=本当の自分は


ずっと内側にあった🤭





こんな生き方でも



気づいたならそれで良いドキドキ













先日、京都で素敵なマダムに




ホテルランチに誘っていただきました



美味しい中華ランチをいただきながら








不思議だったのは




「印象がガラッと変わった」と言われたこと








たぶん私は




何かを頑張って変えたわけじゃない



ただ、離れただけ








合わなくなった場所から



すると、楽しそうに見えたらしい








人は




自由になるだけで




こんなに雰囲気が変わるんだなと思えた時間でした