著者:稲盛和夫
出版:サンマーク出版
稲盛和夫さんの訃報があってから改めて読み直した。
稲盛さんの本を最初に手にしたのは21歳のとき。
ホテルのラウンジでバイトしていた時
同僚に誘われて飲み会に参加した。
相手は30代であまり共通の話題もなくつまらなかった。
その後少しだけメールした人が
「生き方」を読んだらいいよとお勧めしてくれた。
その頃は本など全く読まない質だったけど
何となく買って読んだのがきっかけで
すごく感銘を受けて
人生について少し深く考えた。
本っていいなって思った。
その本を紹介してくれた人の名前も今はもう覚えていない。
だけど、私の人生に影響を与えてくれた人の一人である。
自分が読んだ本をさらっと紹介できる人って素敵だな。
人生のすべては自分の心が映し出す
・人生で起こってくるあらゆる出来事は、自らの心が引き寄せたものです。
それは、この世を動かしている絶対法則であり、あらゆることに例外なく働く真理なのです。
したがって、心に何を描くのか、どんな思いをもち、どんな姿勢で生きるのか。それこそが、人生を決めるもっとも大切なファクターとなる。
すべては、”心”が作り出している
→この稲盛さんでさえもすべては自分が作り出しているとおっしゃっている。近頃スピまみれの私の頭の中に、この言葉がわんさか溢れているけれど、突き詰めて考えると、果てしない思考だなって思えて、うんざりしていた。だって、みんな嫌なことあるじゃん。嫌なことばっかりじゃん。でもそれって自分がすべて作り出したとしたら、意味不明じゃん。みんな幸せになりたいよ。少なくとも私は思いやりの溢れる関係を築きたいよ。でもこちらが思いやりを向けても、それを仇で返してきたり、搾取したりする人ばかりなんだ。。。これはどうゆうことなの?これも、自分が作り出した世界なのかな?私がこんなこと願ったのかな?私がこんなことしたのかな?
でも、きっとそうなんだろう。稲盛先生がおっしゃっているんだもの😭
善なる動機をもてば、成功へと導かれる
・利他を動機として始めた行為は、そうでないものより成功する確率が高く、ときに予想をはるかに超えた目覚ましい成果を生み出してくれます。
事業を興すときでも、新しい仕事に携わるときでも、私はそれが人のためになるか、他を利するものであるかをまず考えます。そして、確かに利他に基づいた「善なる動機」から発していると確信できたことは、かならずやよい結果へと導くことができたのです。
もっとも深い”心”は宇宙へと通じる
・美しく純粋な利他の心に基づいてよきことをなそうとするとき、なぜ物事はよい方向へと導かれ、運命が好転していくのか
人の心の奥には「魂」と言われているものがあり、その更に奥深く、核心ともいうべき部分には、「真我」というものがある。それはもっとも純粋で、もっとも美しい心の領域です。
ふだん私達はその外側に、「知性」「感性」「本能」といった心を幾重にもまとってしまっていますが、誰もがその奥底に、この上なく純粋で美しい真我を持っている。利他の心、優しく美しい思いとは、この真我の働きによるものです。
そしてその真我とは、万物を万物たらしめている「宇宙の心」とまったく同じものである、と私は考えています。
この世のあらゆるものは、宇宙の心というべき”たった一つの存在”が、それぞれに形を変えて顕現したものだと言える。
つまり、人の心のもっとも深いところにある「真我」にまで達すると、万物の根源とも言える宇宙の心を同じところに行き着く。
したがって、そこから発した「利他の心」は現実を変える力を有し、自ずとラッキーな出来事を呼び込み、成功へと導かれるのです。
宇宙には、全てのものを幸せに導き、止まることなく成長発展させようとする意思が働いています。
私が心に抱く思いもまた、「気」だと言って良い。したがって、すべてを良い方向へと導こうとするよき思い、他を幸せにしようとする美しい心を持つとき、それは「宇宙の心」と同調・共鳴し、おのずと物事を良い方向へと導くのです。
人生の目的は、心を磨き、他に尽くすこと
人生の目的とは、まず一つに心を高めること。いいかえれば魂を磨くことに他なりません。
ともすると私たちは、富を手に入れたり、地位や名誉を求めたりすることに執着し、日々自らの欲求を満たすために奔走してしまいがちです。しかし、そうしたことは人生のゴールでもなければ目標でもありません。
生涯の人生を通じて、生まれた時よりもいくばくかでも魂が美しくなったか、わずかなりとも人間性が高まったか。そのことの方が、はるかに大切なのです。
そのためには、日々の仕事に真摯に取り組み、懸命に努力を重ねること。それによって心はおのずと研鑽され、人格は高められて、より立派な魂へと成長を遂げる。まずはそのことに私たちが生きる意味があります
人生を生き抜くためのシンプルな知恵
・この世に生を受け、命をまっとうするまで歩み続ける人生という道のりは、誰にとっても波乱万丈のドラマです。
そんな人生を私たちはどう生き抜いていったら良いのでしょうか。
それは実にシンプルなことなのです。人生で起こるあらゆる出来事は全て自らの心が引き寄せ、つくり出したもの。そうであればこそ、目の前に起こってきた現実に対して、いかなる思いを抱き、いかなる心で対処するかーそれによって、人生は大きく変わっていくのです。
自らの境遇に不平不満ばかりを唱えていた時は何事もうまく行くことがありませんでした。しかし、運命を素直に受け入れ、肚を据えて仕事に没頭し出した途端、人生の流れは逆風から追い風へと変わったのです。
後から思えば、いっけん不幸の色に染まっているように思えた少年時代は、実は天が与えてくれたすばらしい人生への前奏曲でした。
目の前に現れた状況がいかに過酷なものであっても、それに対して恨んだり、卑屈になったりせず、つねに前向きに対処していくーそれこそが素晴らしい人生を生きる秘訣なのです。
喜んで感謝すれば、悪しき「業」も消えていく
「それはよかったですね。災難が降りかかる時は、過去の業が消える時なのです。それくらいのことで業が消えるのですから、お祝いしなければなりませんな」
謙虚さは良い人生を歩むためのお守りになる
謙虚さとはお守りである:謙虚な心を持つことが、悪しき出来事を遠ざけ、良い人生を送るための護符の代わりとなる
自分が持つ才能や能力は、決して自分の所有物ではなく、それはたまたま自分に与えられたものに過ぎない。私がやっている役割を他の誰かが演じても、何ら不思議ではないし、私の能力や才能も、私のものでなくても一向に構わない。
だからこそ、それを自分のためだけに使うのではなく、世のため人のために使うようにしようーそう考えるようにしたのです。
利他の思いから行動すれば、自らの元に返ってくる
利他の心をもち、よき行いをすることは、おのずと運命を好転させることにつながる。宇宙にはそのような”因果の法則”が、厳然と存在しています。
かつて会社を救ってあげたにもかかわらず、一部の過激な社員のために、かえって大変な苦労を強いられた。それにめげることなく、ただ社員のためを思い、良きことだけをなすよう賢明に努めてきた。めぐりめぐってそれが、よき結果となって戻ってきたのです。
→よきことをしていても、必ず逆風が吹くということなのか。私はその逆風にすぐにへこたれてしまう。自分が正しい行いをしていると理不尽なことが起こる。これが当たり前だと捉えて立ち向かっていけるか。ここが重要なポイントなのかもしれない。
悪しき心を持つ人にはかかわらないのが最善の策
心が引き寄せないものはやってこないという法則はここでも同じで、他人を欺いたり騙したりするような人が近づいてくるとしたら、自分の心の中に同様の心があるからなのです。
十分に魂が磨かれ、清らかで美しい心で生きているならば、周りにいる人の心も同様に美しくなっていくはずです。
→そうかそうか、やっぱりそうなんだな。今私の周りには意地悪な人ばかり。それは私が同じ波動で同じく意地悪な人種だからなんだな。なんとなくわかってはいたけど、受け入れ難い。。。私、そんなに意地悪?でもこれって、一つ前の『正しい行いをしていれば理不尽なことがついてくる』の原理に相反しているような気がするな。。。あぁ、受け入れるって難しい。私って素直じゃないのかな?
欲を減らし、思いやりを礎にした文明を築く
自己愛、私心、利己といった、己へのこだわりこそが人間の欲望の正体であり、したがって、その欲望を減らしたぶんだけ心から自我が削られ、代わりに真我の領分が広がってくるのです。
これまでの経済は欲望と利己をテコに拡大してきましたが、環境汚染や所得格差など、ここにきて多くの弊害が噴出しています。
これまでの科学技術をベースにした文明が、「もっと、もっと」という利己的な欲望を原動力として進歩発展したものであったとするならば、これからは他の人をより幸せにしたい、社会全体をよくしていきたい、という利他をベースにした文明へと移っていかなければならないのではないでしょうか
天から与えられた富も才能も社会に還元する
財産とは決して自分個人の持ち物ではなく、社会から一時的にお預かりしたものに過ぎないと思うようにしたのです。
その瞬間に「できる」と思えば実現できる
物事を成就させる人とそうでない人の違いは、わずかな差でしかありません。
これまで見たことのないような高い障壁が目の前にやってきた時、それが例え仰ぎ見るような絶壁であったとしても、瞬時に「乗り越えられる」と自分に言い聞かせて、一歩を踏み出せるかどうか。
つまり、「ダメだと思った時が仕事の始まり」である。困難な状況だからこそ、打開する道はあると信じて、ひたすらに進んでいく。その時に運命の扉が開くのだ。
文明の進歩を生み出したのも、すさまじい「思いの力」
いかに困難な目標であっても、携わる人たちの最大限の意欲と能力を引き出し、不可能を可能にするものーそれが「思い」の持つ力です。
そして、心に描いた”思い”を実現のものにするには、「こうなったらいいな」と漠然と思うだけでは不十分です。「必ずやこうありたい」と、心の奥底から凄まじく思い、ゆるぎのないいしを持って絶え間なく思い続ける。そうでなければ、とても実現することはできません。
今私たちは、この思いの大切さをどこかに置き忘れてしまったのではないでしょうか。頭で”考える”ことばかりが重視され、それらを生み出す根っこである”心”と、それがもたらす”思い”が軽視されてしまっているように思えてなりません。
※従来の日本航空で経営の中枢を担っていたのは、いわゆるエリートの人たちでした。一流の大学は出たが、現場で汗を書いたことがほとんどない人たちが頭だけでプランを考え”上位下達”によって会社を動かしてきたのです。
未来を信じて進めば、「神のささやき」がある
燃え盛るほどの強い意志を抱き、そして明るい希望を心に抱きながら、絶え間ない一歩を確実に歩んでいく。すると、全く八方塞がりに見えていた道でも、山を登っていて一気に視界が開けるように、それまで抱いていた悩みや疑問が一瞬のうちに氷解することがあります。
それを私は「神のささやき」と呼んでいますが、これは未来を信じて一歩一歩、着実に歩んでいる人だけが手にできる天からの”ご褒美といって良いでしょう。
正しい生き方をすればこそ、人は困難にあう
人は正しいことを貫こうとする時、「それはいいことだ」と後押ししてくれる人よりも、「何を正義ぶって」と誹謗中傷したり、足を引っ張ったりする人の方がはるかに多いものです。それでも、正しいことは正しいママに貫く覚悟が必要です。
むしろ正しい生き方をしているからこそ、私たちは困難に出会うのです。
本来たどるべき正道を懸命に歩んでいるからこそ、困難がもたらされるーそれが天が与えてくれた試練であり、心を更に磨くためのチャンスといっても良い。それによって私たちの魂はますます清められ、人生はますます豊かなものになっていくのです。
人間としての「正しさ」を経営の原点に置く
「これからは『人間として何が正しいのか』その一点に絞って会社を経営していこうと思う。あまりに幼稚で、プリミティブな基準だと思うかもしれない。しかし、物事の根本というのは単純にして明快な物だと思う。だから今後は、正しいことを正しいままに貫きたい。
人間としての正しさとは、「正直であれ」「人を騙すな」「思いやりを大切に」
「心にとどめておいてもらいたいのは、この判断基準が『会社にとって』正しいかどうかではなく『私にとって』正しいかどうかでもなく『人間として』正しいかどうかだ。だから経営者である私が人間として正しくないことを言ったり行ったりした場合には、遠慮なく直言し、是正もしてほしい。しかし、私のいうこと、することが人間として正しいと思ったら、ぜひついてきてもらいたい」
損得ではなく、「人として」正しいかどうかで判断する
「私は航空業界のことは門外漢なので、詳しいことはわかりません。しかし、いかなることであっても、大切なのは『人間として何が正しいか』を基準に判断を下すことです。アライアンスには、パートナーとなる航空会社があり、サービスをウケるお客様もいます。単に私たちにとって損か得かで考えるのではなく、そうした人たちの立場や気持ちも考慮に入れて、決断すべきなのではないでしょうか」
リーダーにふさわしいかは「心根」で決まる
私は人格とは「性格+哲学」という方程式で表される物だと考えています。哲学とは噛み砕いて言えば、「考え方」のこと。生まれついた素質としての性格に加えて、どのような考え方を持って人生を歩いているかを加味しなければ、人を見抜くことはできないのです。
組織のあり方を決めるのはリーダーの心
「カニは自分の甲羅に合わせて穴を掘る」と言いますが、組織はそのリーダーの「器」以上のものにはならないものです。なぜなら、その生き方、考え方、また心に抱いている思いがそのまま、組織や集団のあり方を決めていくからです。
したがって、リーダーにもっとも大切な資質は何かと問われれば、私は迷いなく、それは”心”であると答える。あるいは人格、人間性と言い換えても良いかもしれません。
私は多弁な才覚や鋭敏な機知よりも、まるで岩のようにどっしりとして揺るがない、重厚な人格の方を尊重する。そうした重厚こそが、リーダーにもっとも必要な資質だと考えています。
どんなときでも、心の手入れを怠らない
「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」
「運命とは、その人の性格の中にある」芥川龍之介
「人は性格に合ったような事件にしか出くわさない」(小林秀雄)人格が変われば、心に抱く思いも変わってくる。すると、その思いが生み出す出来事も、自然に変わってくるのです。
真我に近づけばありのままの真実が見えてくる
自分の意思ではどうにもならない、いわゆる「他力」が私たちの人生には深く関わっている。それもまた、”心”のなせる業なのです。
私たちがこの世を生きていく中で経験することはすべて、宇宙にある「ただ一つの真実」が投影された世界でしかないということです。
つまり、幸せや不幸せといった私たちが濁世で翻弄される事柄が、いわば元影だということがわかれば、そこから解脱することができるというわけです。その影の鎖から解き放たれると、この世に起こるすべての事象が手にとるようにわかり、宇宙の真理を知ることができる。
ではなぜ宇宙の真理は一つであるのに、私たちの人生はそれぞれに波乱万丈で苦難や困難に満ち、一筋縄ではいかないのか。それは、心が濁ってしまっているために、ありのままの真実が見えないからです。
ともすると私たちは、うまくいかない現実に直面して怒りを覚え、自分の思い通りにしたいと欲を募らせます。また現状に文句を言ったり、不平不満をもたらしたりしてしまいがちである。
現実とは、たった一つの真実が投影された物です。しかし、そのような濁った心を通じて現れた現実は、自ずとそれ相応に濁った現実になる。なんのことはない、不幸はすべて自らの心がつくりあげているのです。しきりに自分の人生は不幸だと訴え、不平不満を叫ぶ心が不幸を呼び起こしてしまっているわけです。
悟りに至った人というのは、こうした囚われから解放され、物事の真実の姿が見えます。そのようなまっさらな心を通して紡ぎ出される現実は、時にまるで奇跡のような素晴らしい出来事を引き起こします。
しかし、幾度となく述べてきたように、私たちは悟りに至ることなどまずできません。できることといえば、一歩でも悟りに近づくべく心を磨いていくしかない。その不断の努力こそが、人生そのものだと言えるのです。
そのためにできる一つの方策は、一日のうちわずかでも、心を静め、穏やかに保つ時間をとることです。
すべては心に始まり、心に終わる
ー純粋で美しい心をもって事にあたるならば、何事もうまくいかないものはない。つねに心を磨き、自己を高め続けていれば、いかなる苦難に見舞われようと、運命は必ず優しく微笑み返してくれるー
どんな人であっても、与えられているのは今この瞬間という時間しかありません。そのいまをどんな心で生きるかが人生を決めています。
そしていかなる時も自分の心を美しく、純粋なものに保っておくということが大切です。
それこそが自分の可能性を大きく花開かせる秘訣であり、幸福な人生への扉を開く鍵なのです。
