【何を探して生きるか】
人間は何を探して生きるかという点において、
二つに大別されます。
ひとつは、自分を幸せにすることを探す人々。
もうひとつは、他人を幸せにすることを探す人々。
◆東のオアシス
☆ 800人ほどの砂漠の民が住んでいる
東のオアシスに住むためには、
ひとつのルールを守らなければならないと
東のオアシスの長が決めた。
『それは自分の幸せのみを切に願うこと』
□ 往来を行く人も、
他人の邪魔をしてはいけないとか、全く考えない。
□ 井戸を使うのも、
後の人が使いやすいようにとかは考えない。
□ お金も自分が儲かるようにと、
自分にとって一番都合のいいものを探す。
□ 自分の幸せのみを考え、それを追求して生きる。
800人の中で自分のことを幸せにしてくれようとするのは自分1人しかいない。
◆西のオアシス
☆ 200人ほどの砂漠の民が住んでいる
西のオアシスに住むためには、
ひとつのルールを守らなければならないと
西のオアシスの長が決めた。
『それは他人の幸せのみを切に願うこと』
□ ひたすら他人が楽しめ、
他人が過ごしやすく生きられるように考える。
□ 他人を幸せにすることが
できることだけを探して生きる 。
自分のことを幸せにしてくれようとする人が
199人もいることになる。
1. どちらかのオアシスに住むとしたら
どちらを選ぶ?
2. これだけ考え方の違う、
東西のオアシスのお互いの仲はどうなる?
年に一度だけ、
西のオアシスからキャラバンが
東のオアシスにやってきます。
これは、喜多川泰著 『賢者の書』の中に書かれている話です。
少年サイードが9人の賢者から順番に学んで行く中で第七の賢者サーチェフトは、
東と西のオアシスについてこう言ってます。
「意見が違えば敵対するというのが正しいように思うかもしれんが、
意外や意外、非常に仲がよいのだよ。
お互いに一緒にひとつのオアシスで住みたいと思っているほどにな。
需要と供給の関係ができているのだよ。
東のオアシスでは、とにかく800人が全員自分の幸せのみを考えて生きている。
ところが、そんな中で自分を幸せにしてくれるものを探すのは至難の業だ。
そこで人々は、金を払ってでも楽しませてくれる娯楽を手に入れようとするが、
そういうものすら東のオアシスにはない。
何しろ他人を喜ばそうという人がいないのだよ。
そこに年に一度だけ、西のオアシスからキャラバンがやってくるんだ。
東の民にとって西のキャラバンは大きな魅力なんだ。
何しろ自分を幸せにしてくれることが揃っている。
ある者は歌や踊りで人を楽しませ、ある者は人を助けることによって幸せにしてくれようとする。
食べ物や宝石類で楽しませてくれる者もあれば、家をきれいに改築してくれたりする人だっている。
とにかくお金さえ払えば、自分のことを幸せにしてくれようとする人が揃っているのだから、
我先にとそこに殺到するんだ」
その結果、東のオアシスには、金塊約200本分の財産。西のオアシスには、金塊約800本分の財産。
人数の配分と逆です。
街の全財産のうち、ほんの一部を8割の人たちで奪い合い、大部分を2割の人間で仲良く分け合っているということ。
この世は、自分の幸せばかりを願う者にとっては、辛いことが多く、思うようにいかず、楽しいことの少ない試練の場かもしれませんが、
他人の幸せばかりを願う者にとってはこれ以上ないほど、楽しいことの多い、
そしてチャンスに満ちた輝ける場所みたいですよ。
いろいろと気づきがある本なので一読をおすすめします。読書は、お手軽な自己投資ですよね!
今日はこれくらいで…!
