実は久々の3連休を頂いたのですが、
休みは何かと用事が付き物で、夏休み宿題としてテーマパークまでお連れしてきました。
早朝からの出発で、お昼頃には既にグッタリ・・・
途中で見たミュージカルではすっかり寝てしまいました。
で、ご帰還は夜中でした。ふぅーー
日本のテーマパークといえば、待ち行列との戦いですが、その間を利用して頭の中で色々と思い巡らしていたのがゲーム性とはというこでした。(最近このテーマが多い)
古来より受け継がれているゲームと言えば、陣取りゲームのようなものがが多いのですが、例えば、囲碁とか将棋、チェスといった部類物です。
これらの基本的なルールは非常に簡単で、敵の陣地やコマを取り合うという単純明快なものです。
戦いの場となる碁盤の目の上に、コマを置いて相手との意思の確認を行うという基本動作も同じです。つまり、ある一定の空間でコマを通して思考を戦わせるわけです。
勿論、コマを動かす細かなルールはそれぞれのゲームで違うわけですが、対人間どうしの戦いでは、無限に近い戦いのバリエーションが生まれ、ゲームの魅力となっています。
ゲームのルールそのものには、ストーリー性は無いのですが、ある位置にコマを一つ置くことによって新たなストーリーが生まれ、どんどんストーリーが派生していくところに遊びが生まれるわけです。
最近のコンピューターゲームはよくストーリー性重視なものが多いのですが、
あらかじめ用意されているストーリーはいくら複雑にしたとこで限りがあり、やがて飽きられてしまいます。
そのゲームから新たなストーリーは生まれることは無いのです。
想像力が無く、無気力なものに対して用意されたゲームとも言えます。
コンピューターゲームの元祖の一つとして、インベーダーゲームがありますが、このゲームにストーリーはありません。あるとすれば容赦無く攻め入ってくるインベーダーに対向して攻撃を行うという単純なものです。
ところが、これが今だ一部のマニアに愛されているのは何故か?と疑問になるわけです。
インベーダーの戦略は至って簡単で、一定の間隔でランダムに攻撃し、見方のコマが少なくなれば、動きを早めるという単純な戦略です。
私には何が面白いのか未だに理解できませんが、おそらくはその単純作業の中で空っぽになった頭は別のことを考えているに違いありません。
テトリスやRPGにも似たところがあるように思えますが、ただ単純に一定作業をキッチリと繰り返すことに喜びを覚える人には向いているのでしょう。
日本人向きな仕事的ゲームなのかもしれません。
私はどちらかと言うと無から有のゲームが好きで、ストーリーは大きなお世話、ストーリーがあることで有限なゲームが嫌いです。
また元々戦うことも好きではなく、どちらかというと積み木的なゲームが好みなんですが、なかなかそのようなゲームが無いのです。(レゴか?)
無いのなら作ればよいわけで、只今思案中なわけです。
まずはどの位置に遊びの空間を作り出すか?
平面か、立体化・・・はたまた膨張か・・・
といったバカなことを考えつつ、1アトラクション70分の待ち行列を一つ一つ潰していたわけです。フー
そんなこんなで、パパさんゲームはようやく終盤を迎えたわけですが、
しかし、テーマパークで働く人達は、毎日あんなにテンション高くしてよく体が持つものだと感心しました。
いやどちら様もご苦労様。
休みは何かと用事が付き物で、夏休み宿題としてテーマパークまでお連れしてきました。
早朝からの出発で、お昼頃には既にグッタリ・・・
途中で見たミュージカルではすっかり寝てしまいました。
で、ご帰還は夜中でした。ふぅーー
日本のテーマパークといえば、待ち行列との戦いですが、その間を利用して頭の中で色々と思い巡らしていたのがゲーム性とはというこでした。(最近このテーマが多い)
古来より受け継がれているゲームと言えば、陣取りゲームのようなものがが多いのですが、例えば、囲碁とか将棋、チェスといった部類物です。
これらの基本的なルールは非常に簡単で、敵の陣地やコマを取り合うという単純明快なものです。
戦いの場となる碁盤の目の上に、コマを置いて相手との意思の確認を行うという基本動作も同じです。つまり、ある一定の空間でコマを通して思考を戦わせるわけです。
勿論、コマを動かす細かなルールはそれぞれのゲームで違うわけですが、対人間どうしの戦いでは、無限に近い戦いのバリエーションが生まれ、ゲームの魅力となっています。
ゲームのルールそのものには、ストーリー性は無いのですが、ある位置にコマを一つ置くことによって新たなストーリーが生まれ、どんどんストーリーが派生していくところに遊びが生まれるわけです。
最近のコンピューターゲームはよくストーリー性重視なものが多いのですが、
あらかじめ用意されているストーリーはいくら複雑にしたとこで限りがあり、やがて飽きられてしまいます。
そのゲームから新たなストーリーは生まれることは無いのです。
想像力が無く、無気力なものに対して用意されたゲームとも言えます。
コンピューターゲームの元祖の一つとして、インベーダーゲームがありますが、このゲームにストーリーはありません。あるとすれば容赦無く攻め入ってくるインベーダーに対向して攻撃を行うという単純なものです。
ところが、これが今だ一部のマニアに愛されているのは何故か?と疑問になるわけです。
インベーダーの戦略は至って簡単で、一定の間隔でランダムに攻撃し、見方のコマが少なくなれば、動きを早めるという単純な戦略です。
私には何が面白いのか未だに理解できませんが、おそらくはその単純作業の中で空っぽになった頭は別のことを考えているに違いありません。
テトリスやRPGにも似たところがあるように思えますが、ただ単純に一定作業をキッチリと繰り返すことに喜びを覚える人には向いているのでしょう。
日本人向きな仕事的ゲームなのかもしれません。
私はどちらかと言うと無から有のゲームが好きで、ストーリーは大きなお世話、ストーリーがあることで有限なゲームが嫌いです。
また元々戦うことも好きではなく、どちらかというと積み木的なゲームが好みなんですが、なかなかそのようなゲームが無いのです。(レゴか?)
無いのなら作ればよいわけで、只今思案中なわけです。
まずはどの位置に遊びの空間を作り出すか?
平面か、立体化・・・はたまた膨張か・・・
といったバカなことを考えつつ、1アトラクション70分の待ち行列を一つ一つ潰していたわけです。フー
そんなこんなで、パパさんゲームはようやく終盤を迎えたわけですが、
しかし、テーマパークで働く人達は、毎日あんなにテンション高くしてよく体が持つものだと感心しました。
いやどちら様もご苦労様。