彼女の家
昭和から平成へ。
バンドの連絡でボーカルの女友達の家に電話をする。
夜8時、自宅の黒電話の前でもう1時間も立ち尽くしている。
彼女が最初に出るだろうか、それとも、お母さん?お兄さん?お姉さん?
...それとも、お父さん?
どうしよう、なんていえば良い?「夜分遅くに申し訳ございません、僕、
いや、私は美子さんと同じ大学でお世話になっています外村と言います。
いや違う、同じ音楽サークルで一緒にバンドをさせていただいています
外村と申します」こんなもんか、あとは出たとこ勝負だな。そう考えな
がら、既に電話の前で1時間以上も考えている。胸のドキドキが治まら
ない。我ながら勇気のなさが情けなくなる。
よ、よし深呼吸だ、呼吸を整えてからダイヤルを回す、3718-、指が震
え汗が止まらない。ダメだ止めた。受話器を置く。情けなくて死んでし
まいたい。なぜバンドの連絡くらいでこんなに緊張しなければならない
のか。
想像だけが膨らむ、お父さんは優しい人だろうか、お母さんは、お兄さんは、
お姉さんはどうだろう?
もうお分かりだろう、僕はボーカルの女の子だ好きだ、大好きだ。友人の
伝手を辿ってやっとお願いしたバンドのボーカル。いかなる失敗も許され
ない。カッコいい所をみせたい。それ以上にダサい所は死んでも見せたく
ない。
スマホがあり、様々なツールのある現代では想像もできない精神戦がそこ
にはあった。