時間には、余白が必要だ。
予定を埋めることは、難しくはない。 空いた時間に何かを加えることも、さほど難しくない。
しかし、何も加えずに残しておくことは、意外に難しい。
急いで決めなくてもよいことがある。 今すぐ手に入れなくてもよいものがある。 あえて、結論を先に延ばすことにも意味がある。
以前は、物事を効率よく進めることに価値を感じていた時期もあった。
限られた時間のなかで、より多くのことを成し遂げる。 無駄を省き、選択肢を整理し、最適な答えを探す。
それは今でも、大切な考え方だと思っている。
ただ、すべてを効率で測ろうとすると、見落としてしまうものがある。
遠回りをしたから気づくこと。
時間をかけたから理解できること。
すぐに答えを出さなかったから、見えてくるもの。
そうしたものは、必ずしも数字には表れない。
何かを選ぶときも、同じだ。
本当に必要なものがわかっていれば、選ばないという判断にも迷いが少なくなる。
時間も、物も、経験も。
増やすことだけを考えるのではなく、何を残し、何を手放し、何に心を向けるのか。
その判断を、急がずにできること。
そこに、ひとつの豊かさがあるのだ。
余白とは、何もないことではない。
何かを受け入れるために、あらかじめ残しておく場所なのかもしれない。