あじさいが見頃となるこの季節、各地の競輪選手会では総会ラッシュである。
さて、昨日行われた東京支部の総会で、一人の選手が引退の挨拶をし、そして手帳を返した。
「川本龍司郎」
以前は捲りも多用して勝ち星ラッシュをあげていた時期もあったが、基本は先行一本の選手。
ペースに持ち込んだ時の強さは、「北日本の善方・北関東の大井崇・埼京の川本」と恐れられていた(誰に??)
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私がまだ記念や特別をバリバリ買っていた頃、ファンの為になにをすれば良いかをずっと考えていた支部長がいた
皆さんご存知、Mr競輪 永倉通夫 である。
ヤマコー だか タニコー だか分からない、金の亡者で魂を安売りする、元エセ支部長とは違う、本物の支部長である。
永倉さんの家で、私と永倉さんと小沼くんと、どうすれば競輪の売り上げが下げ止まるか、競艇との差は何なのか、民間委託するメリットはどこなのか・・・などを話していると
「あ、アツイ男がいた!」
と、近くの上尾に住んでいた川本くんを呼び出し、話し合ったものだ。
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あるとき、川本くんを応援するため青森に行ったときは、川本くんの車で青森から東京まで、何時間も語り合ったり、選手に出来るコトは何なのかを真剣に考えていた、珍しい選手であった。
他の公営競技をしなかった川本くんに、ファンの気持ちを分かってもらおうと、大井競馬場に誘った。
ついでに、競輪ファンの気持ちも知ってもらおうと、競輪仲間を募り、大人数でダイヤモンドターンに行った。
川本くんの親友である、市川健太くんも一緒に馬券を買ってもらった。
その後も川本くんと大井に行くのだが、スタート前、輪乗りをしている的場文男を見かけては
「まとばさーん、おれ、競輪選手なんだけど、まだ200勝しかしてませーん、まとばさんすごいですねー」
などと声援wを送るお茶目な一面もあった。
多摩川競艇場にも連れて行き、管理棟内の部屋で、一緒に舟券を買ったりもした。
それもこれも、川本くんが真摯に競輪の未来を案じていたからだ
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あるとき、川本くんが退職金を前借りした
理由は、競輪ってこういうものなのだというコトを、もっと多くの人に知ってもらいたい。
だから、1日競輪場を借りてイベントして、地域の人たちを呼び、競輪に対する理解を深めたい
そういう理由であった。
お笑いの山本高広らを呼び、ヒーローもののショーをやり、競輪の模擬レースやいろんな自転車の紹介、それを、自ら借金をし、退職金を前借りしておこなったのだ!
打ち合わせも少しでも節約しようと、自ら株主であるワタミの優待券を使い、所沢駅のワタミで行ったり、涙ぐましい努力をしていた
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チャレンジに落ちたものの、次元の違う自力ですぐに2班に戻り、徹底先行を貫きながら83点くらいまで点数を戻したその時、京王閣(立川だったかな?)で、石橋裕幸に前輪を払われ落車し、長期欠場。その後はその影響で、一度も川本くんらしい走りを見ることが出来なかった。
新たな家庭も出来、その矢先の出来事であったが、これからは日本舞踊の世界で、S級になってくれることを切に希望する。
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最後に、川本くんありがとう
君を忘れないファンはたくさんいる