検査2回目。




遅い朝食を摂り、息子と娘を母に預け病院へ。




いつもはぐずる息子もなぜか聞き訳がいい。

お土産が効いたのかな?





病院に着いた。




診察まで時間があったので旅行雑誌を見に行った。

妻は沖縄とTDL。

僕は雪山。



旅行雑誌を持って待合室へ。



待合室でいろんな話をした。

独身時代に行った旅行のこと、家族で行った旅行のこと。

新婚旅行で行ったオーストラリアのこと。




二人の楽しいひと時。




しばらくすると、診察の呼び出し。

ドキッとする。




診察室へ一緒に入る。




CLL(慢性リンパ性白血病)との診断だったが、

白血球を詳しく調べると、悪性リンパ腫の可能性が出てきた。




首の後ろのリンパ節の張りも気になる。




急性骨髄性白血病ではないことが判ったが、悪性リンパ腫は悪性度にレベルがあり

さらに細かく調べる必要があるらしい。




ただ悪性リンパ腫は完治とまでは行かないが、良くなることがあるらしい。

CLL(慢性リンパ性白血病)はもう治らないと聞いていたので少し希望が出た気がする。


生存率は調べない。

先生の仰る事だけを聞くようにした。




遺伝子の検査をする為、採血へ。




時間は15時を回っていた。



採血が終わり、病院を出てしばらくすると、

妻は「牛角でも行くか!」と元気がいい。




ナビで最寄の牛角に数件行くが全て17時から・・・。




仕方なく地元の小さな町の小さなイタリアンのお店へ。




前々から気になっていた評判の店。




二人で落ち着いて食事。




オニオングラタンスープ、マルゲリータ、ペンネ・ゴルゴンゾーラ、サラダ。

僕はビールと赤ワイン、妻はイタリアンオレンジジュース、そしてタバコ。





タバコは止められないらしい。





子供と母には悪いが二人の時間を楽しませてもらった。





でも会話の中で「こんどは子供とこようね。」「そうだね」と

やっぱりお互い子供が気になる。




僕はお酒も入り、不安も和らいだ。




妻はいつも通り。




彼女はとても大きな存在。

絶対に離れたくない。

会社に出勤。



妻が気になって仕事が手につかない。



何度も妻を思い出し、涙があふれそうになる。



「早く逢いたい」

「できるだけ一緒にいたい」



そんな気分で一日が過ぎた。




いつもは終電だ。

今日は定時に上がった。




仕事は山積だけど、堪えきれない。




帰りにいつものように電話した。




いつもの様に明るく「今日は早いね、お疲れ様」との返事。




僕は「何か食べたいものある?」と聞いた。




妻は「辛いものがいい。うーん、キムチ。」と答えた。




キムチを買って帰った。




妻は「これすごい、おいしい!」と無邪気に喜んでいた。

25日に病院にいった。



町の健康診断で妻の白血球の数が多かった為

大きな病院で検査することになった。




息子3歳と娘1歳を母に預け病院へ。



「お土産かって来るね」と妻が息子に言った。




はじめて妻と子供たちが別行動をとった。





病院に向かう途中、心の中では僕は「大した事は無い」と思っていたので

「二人だけで車に乗るのなんて久しぶりだね」と妻へ言った。

久しぶりのデート気分だった。




病院に到着し順番待ち。





時間があったのでコンビニで昼食を買い、

久しぶりの二人だけの落ち着いた食事。




時間が来たので再度受付へ。




血液検査をする為、採血した。




二人で待合室で待っている間、結婚前のように

何気ない話をたくさんした。




診察室へ呼ばれた。




CLL(慢性リンパ性白血病)の疑いあるとの診断。




僕の頭の中が真っ白になった。




脾臓の肥大度を調べる為、エコー検査を実施しするが

ここでもまだ待ち時間があったので病院内の書店へ。




僕は妻にわからないよう、妻の病気についての本を見た。

「10年以上の生存率」・・・。





10年という言葉があまりにも短く感じた。

涙を抑えるのに必死だ。





エコー検査が終わり今日は帰る。





帰りに息子のお土産を買いに行った。





買い物中、妻は「今日すき焼きにしようか?」と僕に言った。

僕の大好物だ。





家について母に状況を伝えた。





「まだはっきりした事はわからないって」と僕は母に言った。

妻も心配している実母へ同じ報告をした。





僕はその日の夕食はまったく喉を通らない。

「胃が痛い」、「風邪かも」なんて言ってごまかした。




僕は気丈に振舞っているつもりだったが

妻にはわかっているようだった。





妻は顔色を変えず、いつも通り。

逆に勇気付けられた。





さらに詳しい検査を27日にする。






「何かの間違えてあってくれ」と何度も願った。