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this is just the beginning

東京で生まれ
早稲田付属の男子校で青春を送るが
若気の至りで卒業直前に留学を決断し渡米。
レコーディングを本格的に学びつつ
隙をみては世界を旅してみながら
UCLAに進学してビジネスを学んだ末
現在ウェブの力で世界を変えようと奮闘中。
そんなブログです。




外なバレンタインデーになりました。もう朝っぱらからベッドの上で汗だくです。

木曜に冬学期の期末試験が終わって、そっから友達と飲んで、次の日からまた一人でデスバレー&セコイア国立公園を車で3日くらいかけて行ってこようかなとか思ってたんだけど。

確かにね。試験前喉痛かったし若干寒気もしてたんだ。木曜試験終わらして帰って来たとこまでは覚えてる。目が覚めたら自分の部屋の床に寝てました。初めて本当に気を失って倒れたらしいです。笑 でも別に誰にも気づかれず静かに倒れて静かに目が覚めたから病院運ばれて大騒ぎとかじゃなくて「あ…外が暗い…今いつだ…」みたいな感じですんごいあっけない失神でした。笑 そっから3日間はもうずーっと熱下がらなくて…汗だく→ 凍える→汗だくの繰り返し。そんなんしてたらもう冬休みあと2日しかないし。

外出れないし。もう寝すぎて腰痛いし。本読むと頭痛くなるし。なんかずーっと部屋にいると色んなことを考えてしまって。暇なんで日記を書きます。





この間友達の葬式に行って来た。そいつはまだ19歳。ガンだって。クリスチャンだったから最初はセレモニーって言うのかな。そんなんがあって。

「今までの人生は準備期間。これから天国に行ってもっと楽しいことが待ってるんだ。だから悲しいことは何もない。」

みたいなことを牧師さんが言ってて。ご両親も涙一つ見せずにひっそりと座ってて。闘病生活も長かったらしくて家族もどこか疲れきってて。でも本当に棺を閉めていざ埋めるってなった時。お母さんはその場で崩れちゃって。周りのことなんかお構いなしにもう泣きじゃくって。何度も何度もそいつの名前呼んで。家族の制止を振り切ってそいつに抱きついて。見てられなかった。一人息子だったんだって。

人は色んな方法で死ぬってことを説明したがる。また生まれ変われるとか。天国での新たな生活とか。そんな悪あがきをして先の見えない絶対の最期に立ち向かおうとする。そうしないと残された人はやってけない。

でも正直このお母さんの反応がリアルだよな。何をどう自分に説明しようとしたって。別れは別れ。そんな簡単に切り替えられない。





これ聞くと結構皆経験あるって言うんだけど。小さい頃一回はすんごいじっくり死ぬことについて考えちゃって、考えすぎて怖くなったことってない?俺の場合それが小学校1年の時にあって。何かこの頃って今まで世間の大人達に上手い具合に丸め込まれて来たことが段々と分かってきちゃう頃で。そのまま丸め込まれてた方が絶対幸せなのに。笑

将来カクレンジャーには絶対なれないとか。
どんだけ練習しても悟空みたいに空は飛べないとか。
ミニ四駆は「飛べー」つっても飛ぶわけないとか。
サンタクロースは本当はいないとか。
コウノトリが運んできて子供ができるわけねーとか。

もうしょーもない好奇心からそーいったことをどんどん知りたくて。何かにつけて全ての物事にカチッとはまる理由がないと納得いかなくて。あー可愛げのないガキ。笑

丁度この頃じーちゃんの葬式があってね。俺にとっては初めての葬式。親戚がたくさん集まってて。皆が忙しそうで。親父が泣いてるのを初めて見た時はビビったけど。俺は涙は出なかった。でも葬式が終わってまたいつもみたいにじーちゃんの家遊び行くとそこにじーちゃんはいなくて。そこで初めて「ああもう会えないんだ」って思った。それが死ぬってことなんだって。それがきっかけで俺って死んだらどーなんだろってことを考えだしちゃったんだよね。

皆いつかは本当に死ぬんだよな。
だったらなんで皆それ知ってんのにそんな呑気に暮らしてられんだろ。
皆怖くないのかな。死ぬんだよ?
でもいずれ全員天国行くならまた皆天国で会えるのか。
なら最初っからここ来させないで天国行かせてくれればいいのに。
ホントだよ。何でこの人生生きてる意味あんだろ。
でも天国行ったらまた0歳から始めるのかな。
記憶は全部消されちゃうのかな。
じゃダメじゃん。それやっぱ死んでんじゃん。

とかそんなことをマジでグルグルグルグル考えてしまい。眠れぬ夜が続いた7歳の少年。今でも覚えてるな。あれが人生初めての徹夜。笑 結局このことばっかはどんだけ考えてもカチッとした答が見つけられず。「もう考えないようにする」っていう手段しか思い浮かびませんでした。それからというものホントにもうそのことについては考えないようにしてて。あっという間に21歳ですよ。笑





そんで今回7歳のあの頃に封印したあのモヤモヤをもっかい考えてみたんだ。体力的にはかなり弱りながら。

やっぱり死んだ後のことはよく分からない。あんま決めつけてもしょーがない気もする。ただあんま死んだ後に期待するのはよくないかもしれない。今生きてる意味がホントに見えなくなりそう。

確実なのは結局死っていうのはどうあがいても生のタイムリミットってこと。それとこのタイムリミットってのはやっぱりあるべくしてあるってこと。これがなきゃ不思議なことに人間は本当に何もやらん。ほら。宿題とか。就活とか。メールの返信とか。人生のタイムリミットは自然と全ての物事にタイムリミットを作り上げて。だからこそ人は時間を大切に使えるようになって。生きることに意味が生まれる。もし人生が無制限だったらそれは本当の地獄だと思う。もし天国があるならそれにも終わりがあってほしい。永遠の楽園程辛いものはないと思う。

7歳の俺があっこまで死ぬことにビビってたっていうのは、せっかく来たハワイ旅行でホノルル着いた瞬間に帰りのことについて考えて悲しくなってるようなもんで。その時間を楽しむ為についてるタイムリミットそのものを怖がって楽しむことを忘れてる。そんな感じなんだろーな。

でもやっぱり終わりとか別れっていうのは辛いもの。その友達のお母さんの悲しみはきっと俺の想像を遥かに超える深いもの。でも彼は19年っていうタイムリミットがあったからこそ突っ走って来れた。そして彼女にも彼女のタイムリミットがあったから息子に出会えた。彼女には残りのタイムリミットを息子の分も精一杯生きてほしい。

もっと濃く生きなきゃ。





とまあ弱ってる時に限ってこんなことをずーっと考えてしまうわけで。何もできない時に限ってヤル気は沸々と湧いてくるわけで。ベンチに下げられてるときに限って周りが見えてくるわけで。

もうすぐ春学期始まります。ここ多分結構頑張り時です。さっさと体調直して色々始めないとな。

あープッチンプリンが食べたいなー誰かー。



今朝アメリカ戻って来ました。完璧に時差ボケとやらに負けて朝から爆睡してしまったところです。あーあ。夜寝れるかな。笑





もう今日で冬休み終わっちゃうんでざっと日本での2週間を振り返ってみます。

あーまんず寒かった。ああ寒かった。俺ホントに冬服っつー冬服を持ってなくてさ。うっすいテロテロの服で飲み歩く度に「あんた日本なめてんの?」と罵られ。誰一人として温かい言葉はかけてくれず。むしろガタガタ震えてる俺に対して言葉の暴力でボッコボコ。ああ。東京は怖いとご。笑

ほいでまーじで遊んでまーじで飲んだ。昼誰かと飯食って、夜から朝まで他の誰かと飲んで、始発で乗り過ごして昼まで寝てってのを2週間やってるとさすがに最後の方手震えてたもん。アル中だよ。アル中。シンジャウヨ!笑 ホントはゆっくり買い物もしたかったんだけど時間なくてさ。なんとか原宿一回行ったんだけど二日酔いと人の多さで気持ち悪くなって普通に引き返してしまい。つか途中完璧に風邪引いてたんだけどここは看護婦の息子。家にはなんか薬がたくさん。ビールで風邪薬を飲みながらも出席。この根性はここで使うものじゃないだろ君。

あとは1年半帰ってないと人も街もホント変わってしまってね。赤ちゃんできちゃってた友達はなんか2人もいたし。お笑い芸人やめてなぜか歌舞伎町のキャバのトップに成り上がってたやつもいたり。あの頃俺が知ってたカップルはほっとんど別れてて。でもなんか皆ちゃっかり新しいのがいたり。つって全然変わってないやつもいたんだけどさ。あとは地元の駅の開発がすんごいいことになってたり。新宿にも見たことないでっけービル一本立ってるし。つかホントにコマ劇なくなっちゃったし。池袋のヤマダ電気とか、原宿のH&Mとか、つぶれるつってめっちゃ列作ってるウェンディーズとか。まさに俺リアル浦島太郎。うっわーとか言いながらキョロキョロしてる姿はまさに田舎っぺ丸出し。ああこんなんだったなーとか懐かしがりながら歩きつつもやっぱ悲しくなってしまったよ。

んでやっぱ就活は大変そうだったな。俺のタメのヤツが新卒になる来年は就職率50%になるって言われてるんだってね。難しいことは分からないけど。単純に半分の人が仕事ないなんてね。そりゃ怖いわ。なんだろ。俺はちっちゃい頃から仕事ってのは人生の核になるモノだとずーっと思ってて。その為に学校行って、色んな人に会って、新しいこと吸収して、それまで身につけた自分のスキルを全部注いで仕事見つけて、それがようやっと自分の野望を叶える土台になるっつーか。これまでの人生の集大成みたいなもんだと思ってたから。さすがに「なにやりたいの?」って質問に対して「いや選べない」ってほぼ全員から返ってくる事実にはちょっとビビってしまった。これがリアルなのかなと。俺もこんだけ切羽詰まった状態に立たされてたらそーなんのかな。あの空気はなんか高校受験前のそれに似てて。やっぱさっさと終わらしたい感が漂ってて。誰も責められないけどさ。ちょっとやっぱ怖かった。まあ今それを考えても仕方ないし。できることを一つ一つこなしてくしかないわな。ホントこっち来てから「今どーしようもできないことを今考えない力」ってのはマジで重要だなって思った。笑 でもホント皆悔いのないよう頑張れ。絶対今やってることはこの先めっちゃ役立つはずだから。

まあ久しぶりに帰ったけど。こーやってめっちゃ楽しみつつもすんげー考えさせられたし。色んなヤツに会えたし。ありとあらゆる日本食食ったし。帰ってよかった。

きっと俺次の夏は帰らないし。次の冬はなんかニュージーランド行くことになりそうだし。多分次の帰国はまた1年半後。次の次の夏。その頃はタメのヤツ皆就職してるだろーから。きっともう今回みたいに大宴会みたいなのできないんだろーな。さすがに2週間はきつかったんで今度はもうちょっと長くいられたらなと思います。

あ。携帯にはもう連絡しないでね。あれ電話すると見かけも声もそっくりだけど全然違ううちの弟出るんで。あいつ「だるい」と「疲れた」と「別に」しか言わないんで。





んで終わると思ったっしょ?終わらないんだなー。そこが俺のニクいところ。笑 だって明日からまた授業なんだもん。次いつ書けるか分からないし。例年やってるし。2週間振り返ったついでに2009年も振り返っとかなきゃ。いや。でも今回はホント長くなりそうだからめんどくさい人はもう普通に次のマイミクの方の日記を読み進めて下さい。笑

あ。あけましておめでとうございまーす。



1月
この前の年のイベントに出てもらったShing02さんにフェーダーボード貸してもらっちゃって。ついでにようやく念願のPro Toolsも買っちゃって。やたら部屋に引きこもって音楽制作してた気がします。笑

2月
留学当初の目的だったCitrus College Audio Recording Block Programに受かる。やたら倍率高いインタビューくぐり抜けてきた個性豊か過ぎな24人との月から金まで朝から晩までの生活がスタート。うん。濃厚。

3月
んでどんどん忙しくなってきたこのプログラム。特にこの頃はオズの魔法使いのミュージカルをサウンドクルーとして手伝わされ。寝る時以外はずーっと学校。リアルにあっこに住んでました。初めて体が自動的に動いてるのを感じる。

4月
初めての春休み。んで初めての一人旅。何を思ったか。ロサンゼルスからサンディエゴまでチャリで爆走。何度も死ぬかと思ったけど何とか達成。もうケツが痛すぎてその後1週間ウンコする度に気絶しそうになってました。いやーあれから乗ってねーなーチャリ。笑

5月
段々と仲良くなってきたプログラムのメンバー。この頃からにわかに流行りだした昼休みのビールとブリトー。やたらニタニタしながら午後の授業受けてるヤツとかいると「ああそゆことね」って感じでした。笑

6月
はまっちゃったね一人旅。お次ははるばるシアトルまで電車でアメリカ縦断。いーやーホント世界中の色んな人に会えて。半年経った今でもちらほら連絡来て会えるから凄い。世界は対して広くないんだなーと。あーあ。どっか行きてー。帰って来たばっかだけど。笑

7月
7月はずーっと数学やってた思い出しかない…なので思い出したくない…。笑

8月
やっと夏休み。日本から家族が訪問して来たのでヨセミテへ。段々レジャー化して来ちゃったつって問題になってるヨセミテだけど。あそこまで自然~って感じを見せつけられたのは生まれて初めて。アメリカのナショナルパークはホント凄いよ。

9月
ここでとうとう俺21歳っすね。いやあようやくリミッター全部取れましたね。アメリカでも日本でも合法で酒が飲めるようになる。まあまだ吐いてないけどなっ!!!お前に言ってんだよ!お前!笑

10月
レッチリのチャドに会っちゃったよ。あれはもう一生の思い出です。あれを二日酔いで忘れられるくらいのレベルに行けるまで頑張りたいと思います。なんか目標がおかしいと思うけどそんな感じでいきます。笑

11月
ディズニーホールのサウンドデザイナーに会ったり、世界的に有名なエンジニアのアルシュミットの話聞けたり、CBSのスタジオ見せてもらったりとやたら良い経験ができた月。あとはあれだ。ターキーいっぱい食べた。笑

12月
ほいでとうとう1年間続いたプログラムを修了。いやあ長かった。最後の方マジでゾンビみたいだったけどようやく一段落。相当色々勉強できたわ。ほんでもってここで初一時帰国。



プログラムの忙しさと、その反動からの冒険が集約された一年でございあしたね。もうちょっと頑張ったらやれたことあったなーとか思うけど。まあいい感じの2009年だったんじゃないでしょーか。

んで今年なんですけど。こっからはもうレコーディングとか音楽とかじゃなくて普通に大学生の勉強しなきゃなんです。所謂一般科目ってやつ。まあ言ってしまえばこの1年半は俺がやりたかったことをめいっぱいやらせてもらってたわけね。でもこれって全部学士取得の為の単位としては認められないんすよ。実は。だからまあ合間縫って数学とか取ってたんだけど。だから実際取得単位数で言うと俺まだ全然大学1年生とかなんだよね。めんどくさいから俺2年生とか言ってたけどー。笑 

レコーディングっていう所謂職人的なスキルからビジネス方面にシフトしていくことは最初から決めてたんだけど。まあ別の意味で大変な1年になりそうね。あと1年半今の小さい大学で一般科目ちゃちゃっとくるくるっと終わらして。そっからもっと大きい大学狙います。

そうなんよ。帰国中酔っぱらって適当な説明してしまってたら皆さんすいません。俺今こんな感じです。笑

大学卒業まで結構な時間かかるんだけど。そうゆう悩みもあせりも今はない。だってどう考えたって今の俺の状況と社会の状況見て働きたいと思えないし。もうやるしかない。「集中」の2010年。





写真は帰って来たらトニーがくれたクリスマスプレゼント。でっけえ靴下の中の大量の靴下。いらんっ!!!!!!!!!



というわけで。どーもお久しぶりです。今日も絶好調にお腹痛かった俺です。この腹痛さんね。最近はもうパーマとなで肩と並ぶ勢いで俺の重要なアイデンティティになりつつあるんだけどね。あーた。この時期になると腰の方もどんどん痛くなってきてね。もう後ろから前から挟み撃ちなのよ。

そう。あれは高校時代バンドをやっていた頃。若かったわ。めっちゃギター低く構えてグワングワン飛んで跳ねて回っていたらね。ピキってね。

それからというもの。毎年冬が来ると。

きつい。

梅雨がきたら髪が知らせてくれる。冬がきたら腰が知らせてくれる。そんな便利な最新アプリ。いかがですが?





はい。というわけでね。何で途中おばさんになって、一体彼女が何を言いたかったのか全く分かりませんが。笑 もうすぐ今年も終わりやね。なんかハロウィンもサンクスギビングもあってもうすぐクリスマスだっつーのに。最近俺の周りのやつらのテンション下がり具合がやばい気がします。なんか怖いです。

日本で就活してるやつはもうなんか説明不要でそのまんまずーんと落ち。
そんな話をよく耳にするこっちにいる留学仲間も将来どーしよっかとずーんと落ち。
こっちのアメリカ人の友達は…あーほら…自販機に金入れたのに出てこないとかでずーんと落ち。

ええ。まあもう皆不景気もいいとこ。とかいう俺も最近はそんな雰囲気にのまれてか。あんま「イヤッフー!絶好調ー!」って感じじゃないです。そんなマリオみてーなやつが本当にいるかは置いといて。

別になんか悩みがあるとか。上手くいかないとか。また晩飯がオレオだったとか。そーゆーんじゃないんだけどさ。やってることに対しての結果が手に取る形で見えないってか。長い長いプロセスの途中ってのは実は一番つらいわけで。本当に進んでるのか、これが正しい道なのか不安になるのは当たり前なわけで。サンディエゴまでチャリで行った時も2日目の昼頃が一番つらかったわけで。

すぐそこじゃない。もっと先を見なきゃな。ここで自分を信じれるか。踏ん張り所。





というわけで。最近は外に出てることよりも部屋にこもってる時間が非常に長い。んで基本パソコンなきゃ成り立たない作業ばっかだから自然と机に向かって画面見てる時間が非常に長い。そんなんしてるともう目も腰も肩も首も頭も全部が非常に痛い。そいで夜は非常に眠い。

そんな時はお湯を沸かして、インスタントコーヒー作って、iPodとMDR持って、すんげえ厚着して、でも靴下めんどーだからビーサンつっかけて、一人で外に出るんです。夜中の2時頃に。

ちょっと歩くとクリスマスのデコレーションバトルがあらゆるとこで繰り広げてられてたり。上見てみると相変わらず雲は一つもなくて。月も星めっちゃ見えるんだけど結局北斗七星とオリオン座くらいしか分からなかったり。へ。結局皆そんなもんだろ。たまにトニーも「あー寝れね」とか言いながら出て来て。歳だろね。でも別に何話すわけでもなくお互い自分の世界入ってたり。

この時だけはなるっべく何も考えないように。ただボーッとしてみる。何も頑張らないように頑張ってみる。そんな15分のブレイクから部屋に戻るとプレッシャーも焦りも疲れもなぜか取れてて。なんかもっかい頑張れる。頑張ろうと思っても頑張れないのにねー。

つってこの間朝起きたらパトカー8台くらいうちの前並んでてさ。笑 「おいおいおいおいトニー今度は何したー」とか思ったら隣の家が車盗んだとかなんとかだったらしーけど。やっぱちょっとは気をつけるべきなんかな。それにしても盗難車にパトカー8台って。やっぱ平和だろこの街…。





えーっと。というわけで。12/21~1/3まで日本帰ります。初帰国です。居酒屋が俺を呼んでいます。最後に居酒屋いったのは19歳でした。まだあの頃は違法でした。もう帰ったら聞かれなくても免許証見せちゃろ。名札みたいに胸元につけながら店入っちゃろ。

授業もう4日から始まっちゃうから2週間しかいれないんだけど。就活まっただ中の中学高校の友達から、今は皆バラバラになっちゃった元バイト先の人達から、日本に潜伏中のシアトルで会ったイタリア人のバックパッカーまで。すんげー色んな人に会えそう。

きっとめっちゃ飲むんだろうけど。毎日二日酔いなんだろうけど。あの頃何も考えないで一緒にバカやってた友達が今どんなことを考えてんのか。どんなことで悩んでてどんな答を出したのか。ちょっと色々話せるのが楽しみで仕方ない。

とりあえずおみやげはm&mでオールオッケーだろ?
誰か免許の書き換えしたいから府中連れてってくれ。
歌舞伎町の一休が潰れたとかいう冗談はもういーぞ皆。
あー電車乗れるかな。
冬服がねーよおい。





というわけで。本日は「というわけで4本立て」でお送り致しましたー。また来週ー。じゃんけんぽんっ。うふふふふふー。






なんかすんげえ1週間でした。





日曜日

Chickenfootのリハに潜入。レッチリのドラマーのチャドに会っちゃいました。普通に言葉を交わしてしまいました。歯がガクッガク言ってました。足プルップルしてました。髪はクルックルしてました。

「あげられるアドバイスなんて何もねーよ。だってお前やること分かってんでしょ?」

ちくしょー!かっけー!このオッサンー!

いや。ホントは隣にすんげえオッサンあと3人もいたんだけどね。なんか俺もうチャドしか見てなかった…。ちくしょ…次会う時は絶対一緒に飲んでやる…。





月曜日

なんか水曜にLinkin Parkに会えるかも知れないとのメール。

いやいやいやいやそれはヤバいって。もう一人出川。

ドラム叩き始めたのは近所の高校生の影響。
ギター弾き始めたのはルナシーのストームのスギゾーのソロに一目惚れ。
でもバンドやり始めたのはブックオフで見つけて家で転がりながら見たリンキンのLive in TexasのDVD。

今はもう全然聴かなくなっちゃったけど。やっぱこいつらは俺の青春。しかもなんかスタジオ行けるらしーみたいな話。もう無駄にそわそわしっぱなし。

「なんだこれ?何で今週の俺こんなについてるんだあああ!!!????」

となんかジャンプみたいなノリでもう何も手につかない。





火曜日

朝目が覚めるが体が起き上がらない。完璧に風邪を引く。喉が痛い。寒気がする。頭が痛い。気持ちが悪い。

んで寝すぎて腰が痛い。





水曜日

治る気配ゼロ。布団にくるまりながら家を移動。なんかずーっと鳴ってる俺の携帯。はあ。バイバイ。リンキン。きっとお前らに会うのは今じゃないんだ。きっと。もうちょっと先…来世とかだ…。

ipodからは「サームウェーアアーイビローング」とチェスターが叫ぶ。
ベッドの中では「はーなみーずびろーん」と俺がうなる。

おい。そこのお前。笑いたきゃ笑えよ。





木曜日

ダメだ。もう耐えられない。こんなに部屋の中こもってたら逆に死ぬ。と決意しまだ若干咳しつつも学校へ。やべえ。太陽が眩しい。車の運転がぎこちねえ。たった2日だったはずなのになんか全部懐かしい。なんか外っていいぞおおおーーーっ!!!

と爽快に登校すると知らされる事実。明日テスト2つ。

ガックリしながら家に帰ると入ってる1件のメール。「この間録った曲ミックスできた?」

ミックス終わって、勉強して、寝れたの5時。あれ?俺昨日は寝たの昼の2時だったのに。





ほんで今日。

なんつーかさ。すんげえことが起こって、すんげえことを逃した今週。人生はもう全てにおいてタイミングだなと改めて実感。

「やれば実る」なんて簡単な世界はもうこの先ほっとんどこの先ないんだろう。でも「やんなきゃ実んない」のが前提なのが人生の楽しいところ。

やること分かってるんだから。今はもうやるしかないか。鼻水たれっぱだけど。





あ。あともいっこ。

もう1ヶ月くらい前になりましたが。お陰様で21歳になりました。メールとかくれた人本当にありがとう!これでもうアメリカでも合法にお酒飲めます!

もうね。誕生日は金曜だったんですね。授業終わったその足でバーに連行され。ショット。ショット。ビール。ビール。ビール。ビール。ピザ。ビール。ビール。みたいな感じですんげえいい気分。したら隣の女に吐かれて俺の誕生日全部持ってかれました。

おい。そこ。俺。





そんな感じです。最近。





写真
上…スタジオで寝るうちのクラスのチャド。
下…んでこっちが本物のチャド。









総旅行時間…8日間
走行距離…887マイル(1400km)
参加人数…5人
クマとの遭遇回数…1回





約3ヵ月前…。

俺「あ~俺さ~夏日本帰ろうか迷ってんだけど~」
母「は?いーよ来んな。あたし達行くから。」
俺「え?」

てことで決まった我が家の米国加州集団訪問。これもう両親が留学中の息子の様子を見に来るとかじゃないからね。一家総動員だかんね。移民だよ移民。恐ろしいことだよね。カリフォルニアが壊れるんじゃないかと思ったよ。

じゃほら。簡単にうちの家族構成。

父…強い。
母…恐い。
長男…クルクル。
次男…ムキムキ。
三男…ガリガリ。





1日目
Tokyo→Los Angeles

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空港で落ち合うと三男の背の伸び具合と天パの俺への似具合にまず開いた口が塞がらない。必死に口を閉めながらとりあえずバンをレンタル。ほら。車乗ると性格変わって機嫌悪くなるヤツっていんじゃん?父はまさしくそれなんだけど。いやまあ俺もそれなんだけど。この日の父は久しぶりの左ハンドルで尚っ更ピリッピリ。交差点に当たる度「おい!右?左?どっぢぁぁあああ!?」逆走も一回程。それでも何とかTonyに会って、うちの大学見て、LAを適当にプラプラした後「次どっか行きたいとこある?」俺が聞くと「もうホテル帰ろうぜ。疲れた。飲みてえ。」と家族全員一致。はい4時にチェックインで乾杯。



2日目
Los Angeles→San Francisco

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この日はひたっすらに5時間車で北へ。初めのうちは「やっべあいつビールの見ながら運転してるよ」とか「あのオバチャン車ん中でヘルメットかぶってる」とか言いながら「アメリカは外見てるだけで楽しいなー」と窓に顔をひっつけて移動時間を楽しんでいたやつらもFreeway5の何も無さには勝てなかった模様。2時間も経てば外の景色がずーっと同じで、道がずーっと真っ直ぐなことに気づき、見えるのは溢れんばかりのトマト乗せて前を走る大型トラック。抜かしても抜かしても次から次へと現れるこのトマトトラックパレードのせいで襲ってくる睡魔にやられ皆爆睡開始。運転手も寝始めるもんだからめでたい。運転交代しながらなんとか到着。



3日目
San Francisco

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脱獄不可能と言われた海に浮かぶ監獄アルカトラズ島に行こうとツアー案内所へ行くと「やってませーん」とお姉さん。完全に目的を失いつつもとりあえず「やってまーす」と賑やかな屋台でカニとエビとカキを食らい作戦会議。「お前去年ココ来て何したの?」と母。「え?ああ…チャリこいだ…。」と俺。はい。まさかの二度目のゴールデンゲートブリッジ自転車横断。強烈な横風に吹かれて全員でクルクルな頭を7:3ならぬ9:1にしながらなんとか成功。クッタクタになりながらホテルに帰り乾杯。



4日目
San Francisco→Yosemite

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SFを後にして今度は果てしなく続く草原を越えて東へ。4時間のドライブの末着いたヨセミテ国立公園。公園入り口付近に聳え立つ巨大な一枚岩El Capitan。世界中のロッククライマーがその難関を制覇しようと集まるそうな。車を停めさせ、なぜか得意そうに双眼鏡を取り出す母。「これ使えば人があの岩登ってんの見えんのよ!」ああ。なんかおばちゃん…。チャレンジャー達は岩にしがみつきながら睡眠を取り何日もかけて頂上を目指すらしい。よくまあ飽きずに30分くらいずーっと人を眺めた後ようやく今晩の寝床へ到着。泊まるのはCurry Villageと呼ばれる集落の中の小さなテント。中にはパイプベッドが5つ。「軍事基地みてえ…。」次男が思わず口からもらす。



5日目
Yosemite

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年寄は朝が早い。7時頃から外でタバコを吸ってた父が慌ててテントの中に飛び込んでくる。「やべえ!クマだ!」テントの目の前をタラッタラと歩き食べ物を捜し歩くクマに挨拶されちゃったらしい。父はしばらく動揺していたのか。コーヒーを右手に「俺のコーヒーどこやった?」と一生懸命。この日は一通り有名な見所を回った後、世界で一番でかい木と言われているジャイアントセコイアの森へ。静かにそこに佇むセコイア達は本当に巨大で、何とも言えない強い何かがそこにあり、恐ささえ覚えた。途中休憩してる時小さな女の子に話しかけられた三男は「英語が分からねえ」と死んだふり。いや。そこじゃないよ。死んだふり。



6日目
Yosemite

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何を思ったか。ハーフドームと言われるヨセミテ最大の岩壁を登ろうと言い出す元ボーイスカウトの父。朝早くにテントを出発して歩くこと1時間。出くわした看板を見て目を疑う。「所要時間12時間。最低一人4リットルの水分を持参せよ。」看板の端には行方不明者の写真。「あぅぁ…行けるとこまで行こう…。」と父。坂を越え、崖を越え、なぜかそこらへんに散らばる馬の糞を越えること3時間。着いたのはもの凄い勢いで落ちるネバダ滝の頂上。ヨセミテが一望できるそこでしばし休憩。てか1時間くらい休憩。んで満足して折り返す。ハーフドーム頂上の半分も来てなかったらしい。それでも滝壺には虹がかかり、周りには緑が広がり、そこを岩壁が覆った、カメラの電池が切れるほどの絶景が続いた。



7日目
Yosemite→Los Angeles

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ヨセミテを後にして南下。LAを目指す。朝から晩までずーっと車ん中でそろそろ腹が減ってくる頃。ハンバーガーとピザにようやく飽きてくれた日本人達。でも日本食はいつでも食えるし。てことで決まったコリアンBBQ。俺は念願叶って1年半ぶりの焼肉。が。適当に入った店は英語も全く通じない韓国人経営の店。本場過ぎるわ。とりあえず頼み過ぎ、でも貧乏性の俺らはひたすらに食い続け、店を出た頃には全員揃って「気持ちわりい。」それでも酒は別腹。ホテルに戻って最後の乾杯。



8日目
Los Angeles→Tokyo

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旅を共にしたバンを返して、「やっべお土産全然買ってねえ」と空港で適当にチョコを買いあさり、LAXから成田へと帰る。怒涛の1週間はこうして終了。俺は一人家に帰って洗濯祭。んで夜からSanta Anaで急遽ライブエンジニアのリハが入り寝たのは3時。ああ。このオンオフがもう逆に気持ちいいわ…。どーでもいーけど。俺アメリカでの旅何回かしてきたけど。この家族旅行が酒消費量一番多かったわ。どーゆーことだ…。





何か俺前にも似たようなこと書いたかもだけど。子供にとっての家族ってのは本当に特別な関係だと思うんだ。人生の中で作ってく人間関係ってたくさんあると思うけど、こればっかりはなぜか最初っからできてる、唯一選択できない、後で変更不可能な初期設定の関係。俺は生まれたその瞬間にあの両親の子供だし。弟達が生まれた瞬間にあいつらの兄。何がどうあろうとそれは事実で永遠に変わらない決定事項。

それって時には凄いめんどくさいことなのかもしれない。友達とか恋人とかと違って増やしたり減らしたりできないし。どんなに合わないからって、もう二度と会わないことはできるかもだけど、新しいのと交換はできない。

でも例えそれがどんなヤツでも、そいつらとの人間関係がめんどくさくても、家族って存在があるってことは人生の中で凄いラッキーなことだと思う。「血が繋がってる」ってだけの単純な理由はこんなに性格も趣味も年代もバラッバラな人達をなぜか繋げておける力がある。普段は勉強とか仕事とか女とか酒とか酒とか酒とかでいっぱいいっぱいで、それぞれ家族のことなんてほっとんど意識してないんだろーけど、どんなことが周りで起こっても家族だからってだけでなぜか皆同じ家に帰って来る。それが毎日だろーが。1年に1回だろーが。十年ぶりだろーが。

家族は人に戻る場所を作る。



昔は兄弟間でも親子間でも血を流すまで喧嘩ばっかしてたし。成長したらしたで家にほとんどいなくなって家族と会うことも極端に減った。別に特別何か問題があるとかじゃなくて、どっちも気の強い両親と男兄弟の家族だから、いつ誰がキれて欠けても全然何もおかしくないと思うし。正直俺は日本を出る時に「もうこの家にこいつらとまた全員で住むことはないんだろーなー」と覚悟もした。

それでも今こうやってまた俺はここに戻ってこれたんだから。俺はこの家族のメンバーとして生まれて来てラッキーだったなーと思う。まあめんどくせーけどね。

何だろ。人によってはさ。家族と離れることがそいつの人生にとって良い結果をもたらすのかもしれない。俺はそれならそーした方が全然いいと思う。家族ったって結局はそれぞれの人生の交わり。いつでも上手くいくわけがない。それぞれが幸せのが良いに決まってる。でもこの戻る場所ってのはどうしても代わりに作ることはできないから。一人の人生のうち一つだけしか与えられないせっかくの人間関係だし。俺はできればとっときたいかなー。





と。夏休み最終日にそんなしんみりしたことを考えてみましたとさ。

あー夏が終わるー。あー予定してたことの半分もできんかったー。完っ璧に夏バテにやられた夏休みでした。食欲が全っ然ない。

新学期も忙しくなりそう。来週で21になるんだけど、友達がベガス連れてってくれるって言ってくれてたんだけど、誕生日返上で仕事かもー。

うぎゃあああぁぁぁ………










あまりにもmixiの更新をしてないと日本で死亡説が流れ始めるのか。「生きてる?」ってメールを送るのはやめて下さい。先週だけで日本から7通来ました。笑





あれ。夏学期だったんです。また。数学六週間地獄。あー。あのクラスはホントに頭おかしーんじゃねーかってくらい異様な空間でした。インテグラルとかシグマとかリミットとか…日本語喋って下さい。あ。いや。ウソ。日本語じゃなくていんでせめて英語喋って下さい。

んでせっかくそーゆーナメック星語を必死こいて理解してもさ。初回のテストで1/2+1/2=1/4っていう奇跡的なミスを犯してひんでえ点数取っちゃうんだよね。はーあ。そこが俺のニクいところ。ああでもホントなんとか無事クリアできてよかったよ。これでもう一生数学は取りません。取らなくていいはずです。え?いーよね?いーでしょ?え?何?イヤ…お願い…。

でもあの夏休みの人気のないキャンパス。夏休みの補修で行く小学校みたいで嫌いじゃない。





で俺はやっと今夏休みなわけですよ。普通の人はもう6月くらいから始まってて。周りの友達は揃って「ひまあああああぁぁぁぁぁ」つってゾンビみたくなってっけど。俺は夏休み始まったのつい1週間前。もう邪魔するなあああああっ!!!っとしいわあああああっ!!!!!笑

んでね。今日髪切り行ったのさ。また結構伸びてて…多分人生で最長ってくらいまで伸びてたんだ…。もうなんか時間なかったしずーっと放っておいたんだけど。っとおしいわあああああっ!!!!!って言われ続けるんでしょーがないから切り行ってきたわけ。

まあ知ってる人は知ってると思うけど。テンパじゃん?フネッフネじゃん?チリッチリじゃん?クルックルじゃん?グワンネッグワッ…

じゃん?まあそれでももうしょーがなく20年間ずっとこれで生きてきたわけですよ。でもここに来て初めて気づいたことがあってさ。俺の髪は伸びすぎるとドレッドみたくすんげえでっけえ毛束を作り始めるのね。絡まるの。もうほどけないの。

周りの友達とかはドレッド作るためにすんげえワックスつけて、すんげえ匂いはなってっけど。もう俺は天然パーマどこか天然ドレッドらしーっすよ。



なんか美容室入ったら

「パーマかけてどれくらいなんですかー?」
「今日もパーマかけますー?」

とか聞かれるのはもう慣れっこなんだけど、今日は

「うわお!」

だったよ。つかもう

「Wow!」

だったよ。笑



とりあえずなんかアシスタントのネーチャンがクシを通し始めるのね。このままじゃ切れるもんも切れねえと。

ネ「ホントにドレッドやったことないんですかー?」
ヤ「いや…ドレッドもパーマも何も…染めたことすらないっす…。」
ネ「あたし昔ドレッドやってたんですけどこんなうまくまとまらなかったですよー。人の髪ってこんなんなるんだー。」
ヤ「なるんすよー。知らなかったんすかー?俺も知らなかったんすよー。」

10分くらい一人でねーちゃん苦戦してるわけよ。まあ俺はそれ知ってんだけど。「そんじゃそこらのクシじゃ折れるぞ?」と。笑 

ヤ「え?じゃあドレッドだった時ってどーやってほどいたんすか?」
ネ「もうベリーショートにしました。ほぼ坊主に近いくらい。」
ヤ「え…」

更に10分経過…もう一人別のネーチャンが左サイドを攻め始め…二人がかりで30分。両手に花っつか両手にクシ。んでほどいたらビックリ。

アフロ…。頭超でっけえ…。

んで切るじゃん。まあ切るのは別にいんだよね。問題ねーんだよ。んでも切り終わったあとに何を思ったかその美容師さん「またこんがらがらないようにしますねー」とか言いながらアイロンを当て始める。え?何?何で?いーよ別にそれっ!!!いらないっ!!!もう終わってビックリ。

サラッサラ…。頭超ちっちぇえ…。



サラッサラすぎて逆にとっても戸惑うんですけど。
サラッサラすぎて目に髪が入るんですけど。
サラッサラすぎて中居くんみたいに前髪フーッてできるんすけど。
サラッサラすぎていつも仲良いスタバの店員に気づいてもらえなかったんすけど。
サラッサラすぎてなんか調子がでないんすけど。

まあ俺の髪はどんなカリスマ美容師が切ろうが、下手くそなアシスタントが切ろうが、3日でいつものクルクルに戻るっていう魔法の髪だから別にいんだけどさー。

写真掲載の要望には一切答えません。俺の命に関わります。FBIに殺られます。笑

あーあ。それにしてもサラッサラ。





そんな平和なカリフォルニアの夏を過ごしております。一度これまでやってたコンスタントなインターン系全部辞めたんだけど。相変わらず音楽制作、レコーディング、ミーティング、パーティー、ライブとそれなりにカレンダーは埋まるもの。そいでもこっち来てから1年。大分気持ちに余裕持てるようになってこれた自分が嬉しい。今度は自分で新しいことを始めようと企んでるんだけど。うーん。まあ焦らずじっくり行こうと思う。

こっからこっから。

あ。知り合いづてでCS4手に入れました。イラレもフォトショもドリームウィーバーもファイアワークスもフラッシュもあーるじゃねーか。う~めっちゃ燃える~。自分がどんだけビジネスサイドの人間になろうとも、常にクリエイティブな姿勢は忘れたくねーなと心がける今日この頃。マイミクのそこら辺の方々。色々教えてね。家とスタバでパソコンに向かう引きこもりの夏休みにしよ…したいんだけど…結局大半の時間を外で過ごすことになるんだろーな。 

なんて言いつつ俺の15回目の夏休みもあと3週間。毎日が光のように速く過ぎて行く。あと人生で何回夏休みを迎えられるんだろ?今しかねーもんなー。

あ。8月終わりにはヨセミテに1週間くらいキャンプ行くんでまたいなくなります。



上の写真は
友達の犬と散歩したマリブ。
今は亡き俺のテンパ。
あと昨日の晩御飯。





ハタチ。2009ナツ。
僕は元気に生きてます。

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総旅行時間…8日間
うち電車内滞在時間…4日間
走行距離…2400マイル(3900km)
消費体力…0
世界中に新しくできた友達…約30人
そいつらにもう一度会える確率…約3%





もいっちょやってきちゃいました。皆さん。また途端に連絡を絶ってしまってすいません。でもやっぱ旅はやめられんとです。また前回の旅と同じくプランは全く立てられずも。とりあえず電車のチケットだけは押さえておき。期末テストが終わると同時にLAを飛び出したました。

渡米と同時に車で西海岸10日間ぶっ続けで爆走し。春にはチャリでサンディエゴまで行ったときて。次何やろーかとなった時に残ってたのは…そう。電車。笑 

今週のいい旅夢気分は「アメリカ西海岸縦断単独アムトラックの旅」に決定です。


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まあ日本人だもん。俺。電車大好きだもん。特に西武新宿線。笑 でもこのアムトラックって電車ね。日本の新幹線みたいにめっちゃ速いとかそーゆーんじゃ全然ないのね。むしろ何回車に追い抜かれたことか。なんか「牛が線路を横断中です」とかでやたらむやみに止まるし。笑

でもいんだ。この旅のテーマは「究極の時間の無駄遣い」普段時計ばっか気にした生活を送ってる俺が全力でゆる~く生活してみました。このオフの感覚。たまらん。





1日目

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朝家を出る時たまたまTonyに会う。「ほいじゃ。1週間後帰ってくるわ。」「ちょっと待て!」「ん?」「家賃払ってけ!」「…。」やることやって清々しい気持ちで電車に乗りこむも、隣に座ったモヒカンのKyleは電車が出発した瞬間爆睡。つまんないので車内をうろついてると売店前のラウンジでハワイの大学で哲学の教授をしてるというRusselと出会う。結構な深い話を3時間くらいしてるとだいぶできあがったオッサンBobが参戦。Russelは途中で降りるもBobとの話は盛り上がり車内レストランで飯を奢ってもらえることに。もちろん食後はビールを買ってもらい一緒に遅くまでバカみたいに騒ぐ。でも実はこのオッサンIBMのお偉いさんでサンタモニカに相当大きなお家を構えていらっしゃるそうな。世の中ホントどんなやつが成功すっかわかんねーな。



2日目

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自分のシートのあまりの寝心地の悪さと隣にいたおばさんのいびきでなかなか寝つけず朝4時には目が覚める。仕方なく昨日Russel達に会ったラウンジへ移動してそこのソファーで寝なおす。10時頃目が覚めると隣にはナイフでオレンジの皮むいてる不思議なオーラを漂わす青年Sam。これから寝袋持って山にキャンプをしに行くらしい。昼にはひたっすらニコチンガムをかみ続けてたJasonが会話に参加。Samが持ってたウィスキーと一緒に音楽話に華が咲く。そんなこんなで意外とあっという間に2日間は過ぎシアトルに到着。ホロ酔い気分でワクワクしながらシアトルの街をユースホステルまで歩く。変なヤツはめっちゃいるけど安全な街。ロビーでは皆で映画見てたものの、やっぱ体は結構疲れているもので。シャワーを浴びた直後ベッドにダイブ。



3日目

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ダラダラと起きてロビーに行くともう朝飯の時間はもう終わってると。いやまあ俺別に朝飯食わないからいんだけどさ。ロビーにいるやつらが車でお墓巡り行くってんで着いてくことに。ブルースリーのもカートコバーンのもジミヘンのも1日で見れてしまった。なんかもうほぼこの旅の目標達成。笑 ほら。BECK読んだことあるやつなら分かるだろ?あの有名なシーンのあれだよ。ジミヘンの墓の前で皆で乾杯。車出してくれたAliciaはユースホステルで働いてるすんげえタトゥーとすんげえ頭の女の子。アメリカ全州、カナダ全州、メキシコ全州を一人で制覇して、この夏には日本を含めアジアを攻めるという強者バックパッカー。その晩知り合った韓国人の女の子がLAから電車の俺より安いチケット代で飛行機で来たという驚愕の事実を知りとっても落ち込み夜は更ける。



4日目

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昨日仲良くなったやつらに朝からシアトル市内プラプラしよーやと誘われていたものの完全に寝坊し置いてかれる。しょがねーからとりあえず外に出てスタバでコーヒーを飲んでるとイギリス人Robと仲良くなる。こいつも世界中を渡り歩きイギリスを離れてもう6ヶ月。ついこの間まで新宿のカプセルホテルで3週間過ごしてたとか。笑 これからカナダに出るとかでついでにシアトル美術館行きたいっつーんで一緒に着いてくことに。この美術館がやたら楽しかった。Robとバイバイするとシアトルで勉強してるHIUC時代の友達Fからバスケやるからこねーかとお誘いが。全体力をこれでもかとばかりに使い切る。クタクタになってホステルに帰るとどっかでみたことある日本人とすれ違う。どうも気になったので洗濯しながら話しかけてみると。その人なんと1年前に行った沖縄旅行で仲良くなったスキューバダイビングのインストラクターYutaさん。カナダにワーホリしてて今は友達と野宿しながらアメリカ旅行中だとか。沖縄で初めて会ってシアトルで再会とか一体どんな確率なんだろう。



5日目

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朝起きてロビーに行ってみるとイタリア人Santoloとドイツ人Uriが「滝行くぞ!」となぜかヤル気満々。あの。俺。昨日のバスケで全身筋肉痛なんですけど。日独伊三国同盟を無理矢理結成させられる。すんばらしいアクセントの英語を使いハイテンションで飛ばす二人をなだめながらバスに乗ること2時間。更に1時間のハイキングの先に着いたのはシアトルの隠れスポットSnoqualmie Falls。もう逆に俺がハイテンション。柵を越えて立ち入り禁止の滝ギリギリのトコまで無理矢理連れて写真をとりまくる。帰る途中にはマーケットで食材を買いSantoloが本場イタリアンパスタを振舞ってくれることに。ホステルに着くと腹を空かせた奴らが自然と集まり一緒にがっつく。流れで開かれた大トランプ大会は夜更けまで続く。



6日目

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この日でホステルとはお別れ。仲良くしてきた奴らもちょうど同じ日に別々の場所へ旅立つというんで皆で握手を交わしてホステルを後にする。シアトルで見残したとこを一人プラプラと歩き回ってみる。スタバ1号店を見てみるも、混み過ぎてるので別のコーヒーショップで巨大チョコチップクッキーを食らい。ジミヘンの像で写真を撮り。シアトルでもMelroseを発見し。たまたま見つけたCDショップでSigur Rosをジャケ買い。シアトルはLAと違って涼しいし街は綺麗だし本当に歩きやすい。夕方頃には再びFから電話がありパーティーへ参加。いや。久々に飲んだ梅酒と、1杯だけ付き合わされたショットと、これまでの疲労で物凄い睡魔。本当に俺酒弱くなったな。ソファでくたばる。



7日目

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シアトル最後の朝は雨。もう発車ギリギリというところでFに見送られアムトラックへ駆け込む。それにしてもFの余裕っぷりは凄かった。電車来てんのに「コーヒー飲んでかね?」アメリカナイズされたのは英語と体だけじゃなかったな。この日は朝からひたすらに寝る。寝る。寝る。目が覚めると隣にいたAlexに「死んでんのかと思った」と心配されつつもやっぱり眠くてもいっちょ寝る。なんと起きるともう夕方6時半。笑 Alexと酔っ払ったオーストラリア人達が売店から酒をパクろうと悪巧み中。トイレの鍵が開かなくなったとAlexが店員を引きつけてるうちにすんげえ量の酒をかっさらったオーストラリア人。キョロキョロする店員を見て笑いをこらえるのに必死だった俺とAlex。



8日目

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またも例のロビーで目が覚める。この日は面白い程に人と会わなかったし話さなかった。ほっとんどの時間を一人で過ごした。iPodの電池がなくなるまで音楽を聴いた。持って来たペーパーバックも読み終わった。そんでいろんなこと考えた。帰ってから何しよーとか、昼飯何食おーとか、これからアメリカで何やろーとか、次はどこ行こーとか、将来どーしよーとか。そんなんしてて気づくともうLA。こう。なんか。うまくできてるよな。8日間の時間の無駄遣いはこうしてあっという間に終わった。





今回が俺にとって初めてのユースホステルだったんだけど。本当に色んな人と色んな話をした。みんながみんな全っ然バラバラの人生を送ってて。当たり前なんだけど。こういう色々考える時期だからこそ一つ一つの人生が凄く面白かった。

トレードワークって言って宿泊代を払う代わりにホステルで働き旅行資金を貯めてる奴ら。空いた時間には一緒に映画見たり、トランプしたり、酒飲んだり。

アラスカの漁船で11ヶ月の仕事を終えて1ヶ月の休暇を大いに楽しむ漁師達。11ヶ月分溜まった金をこの1ヶ月で全部使い切るんだってさ。笑 めっちゃいろいろくれた。

チャリで世界中をこぎまわってる途中のすんごい太もものアスリート達もいた。俺のLASD往復なんてかわいーもんだ。

女の子のバックパッカーも結構な数。普通にそこら辺の男よりたくましかった。きっとあいつら火起こせるよ。





今まで行ってきた何十カ国っていう違う場所の話をしながら「まだまだこれから」と目をキラキラさせながら語るあいつらは本当に幸せそうだった。

なかには連絡先を教えてくれたやつもいるけど、逆に教えたがらないやつもいた。今まで会った一人一人とパソコン上で毎日連絡取ってたら実際に旅をする時間がなくなるってさ。間違いねーよな。

こいつらには特に明確なゴールも、作戦も、明日の予定も何もない。ただひたすらに前向きで毎日を精一杯楽しんで生きてる。それだけ足場が不安定な状態で生きていくのは本当は凄い勇気がいることなのかも。でもこいつらを目の前にして見ることで、人生どうにかなるんだなーってことは分かった気がする。






失敗はもう怖くない。あいつらがあそこまで強いのはたくさんのものを抱えてキープしようとしたりしていないから。失うことを恐れていないから。俺は何を勘違いしてたんだろう。今失敗したとしても失うものなんてたかが知れてる。やれるとこまでやってみよう。とりあえず。その後のことはそれから考えよう。あいつらの目からはそれだけの勇気が伝わってきた。





明日からまた授業が始まる。もいっちょ数学。他にやることもめっちゃ溜まってるし。さーてー。頑張りますかー。

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日数…7-1日間
走行距離…240マイル(390km)
自転車ぶっ壊れた数…2回
警察に追っかけられた数…1回
怖い人に追っかけられた数…1回
筋肉痛…∞





初めに。いきなり何の知らせもなしにメールとか1週間返せなくてなんか本当色んな人に迷惑かけてました。すいません。理由はこーゆーことです。たま~にしたくなる現実逃避です。笑





「1週間の春休みがあるらしい。」

そんな噂がレコーディングプログラムのメンバー内に流れ出したのは実際の休みの2週間前。1週間も休みあればやんなきゃいけない溜まってること色々できるわ~って最初はその程度でしか考えてなかったんだけど。ちょっとよくよく考えてみれば「1週間あればどっかいける」という新しいアイディア。

ニューヨークに飛行機でぶっ飛んで東海岸の春を満喫。
車でアメリカ縦断して北へ向かいシアトルを目指す。
既に真夏のカンクンで一足早い常夏気分。

色々選択肢あったんだんだけど、どれもめっちゃ魅力的だったんだけど、今週のいい旅夢気分は

「チャリでロサンゼルスからサンディエゴ大爆走一人旅」

に決定!

うん。往復距離にすると東京-名古屋間と大体同じね。あ。ちなみに俺はあの細いタイヤに乗って、とんがったヘルメットかぶって、強靭な太ももを持ち合わせたああいう方々ではありません。日本ではよく酔っ払いながらママチャリ乗ってたけど。こっちでは車移動で必要ないんでチャリすら持ってません。ほら。ただ。チャリ乗りたかったんだよ。なんか。若いだろ。

ただ決めたはいいもののね。授業もレコーディングもテストもあっての準備も全然できない日々。とりあえずウォルマート(アメリカ版ジャスコ)で激安100ドル(約1万円)のMTBを買ったんだけどトレーニングはほぼ皆無。出発前日にホストファザーのTonyに「パンクしたら死ぬぞ?」と脅され。チャリを分解して基本的な仕組みを一からお勉強。20歳にしてパンクの直し方を覚えました。これであとは火のおこし方を覚えれば俺も立派なお父さんになれますね。


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金曜に中間テストを終え、土曜にチャリを分解しパンクの直し方を覚え準備して、日曜には出発です。





0日目 Covina→El Monte→Covina (0mile)

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朝6時に起きて準備をしてるとTonyが起きてきてGood Luckの硬い握手を交わす。気合充分でハイペースで飛ばすこと2時間。「バキドキャべキュッ!」ともう気持ちいいくらいおかしい音が。ギア変えるとこの部品が変な感じに曲がっててもうなんかこげないのでチャリ屋さんを探すことに。が。この日は何とイースターといって国民の祝日。どこも閉まっているのです。俺の大冒険は2時間にして無念の中断。もうね。これでもかってくらいへこみながら家に帰ったんだけどね。そういえば友達にイースターのパーティー誘われてたなーと普通にパーティー参加してお腹いっぱいになって寝る。



1日目 Covina→San Clemente (60mile)

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気をとりなおし再び出発。もうTonyも握手しに起きてくれなかったよ…。ひたすらこぎ倒し、山を越え、街を越え、海に出る。この日は風がものっそい強くてね。特に海沿い。ラグナビーチらへんの道が狭いとこでふらついたらでっけー車のでっけーオッサンに「あぶねーだろこのクソったれがっ!」って怒鳴られたんだ。ほとんど無意識にちっさい声で「うっせえよ。」って俺つぶやく。車急停止。「え?」でっけーオッサン降りてくるーの、めっちゃ全速力で走ってくるーの、俺急ターンの、クネクネ曲がりーの、しばらく隠れーの。いや~もうこの旅一番の最速レコードたたき出したね。のび太もビックリの逃げ足だよ。



2日目 San Cremente→Del Mar (40mile)

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この日の難関は海岸沿いに広大に広がる海軍基地。まあ行けるっしょとか思いながらゲートに着くといかちいにーちゃんに「ヘルメットがないとここは通せねえ」と。ドラクエか。でもにーちゃん「この区間はチャリでも高速を合法で走れるんだぜ」と意外な有力情報。エフエフか。その情報すんげえ疑いながらもこれが唯一の突破口。人生で初めてチャリで高速を爆走。うるさい。怖い。止まれない。しばらくすると案の定パトカーに追っかけられる。警察のオッちゃんに「お願い。もうあとちょっとだから。」となんとか見逃してもらう。「ついでに記念に写真とっちゃダメっすか?」て頼んだらめっちゃ怒られる。



3日目 Del Mar→San Diego Downtown (20mile)

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とうとうサンディエゴ到着。とりあえず「絶対お前じゃ無理だ」と俺をバカにしてきたやつらを見返すために証拠写真をこれでもかとばかりにとりまくる。それから俺が2日と2時間かけて来たとこへ電車で5時間できやがった同じ学校へ通うAとスタバで合流。「あたしは明日早起きして絶対ビーチから朝日見るんだから」とすっかり意気込んだA。ゴメン。どう頑張ってもこの海岸からは朝日は見えないんだ…。夜にはそのAがひっかけた現地の学校に通うKにサンディエゴの町を案内してもらう。初対面なのにいいやつすぎてビックリ。またしても21歳になってれば…と下唇を噛み締めながらノンアルコールの夜はふける。



4日目 San Diego Downtown→La Jolla (10mile)

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再度一人になりダウンタウンから離れラホヤという高級住宅街に向かう。が。信号でブレーキをかけた瞬間「チャリーンッ!」とっても爽やかにチャリの部品が落ちる。チャリ二度目の故障。一日中何の観光もできないままひたすらにチャリ屋さんを探しまくる。何度も人に道を尋ね、何度もウォルマートを恨み、何とか直したチャリに乗り、ようやくラホヤに到着。既に夕暮れ時。ビーチで全力でゴロゴロ寝るアザラシ共に癒されつつ、実は若干イラッとしつつ、カリフォルニアの宝石とも言われる有名なサンセットをボーっと30分ほど眺めてみる。「この海ずーっと行くと千葉に続いてるんだなー。」…。俺にはまだきれいな夕日は早かったみたい。



5日目 La Jolla→San Marcos (40mile)

HIUC時代の友達がSan Marcosに住んでるというので帰る途中に1年ぶりに会う約束をする。途中たまたま寄ったレストランでサンドイッチをがっついてるとオーナーのオッちゃんがあまりにも暇そうだったので一緒にサンドイッチをがっつく。いや。お前働け。そんなこんなで旅の話をしてると自分の若い頃を思い出したのか気に入ってくれて「お前俺の車乗ってけ。」思わぬ形でヒッチハイク成功。巨大なピックアップトラックにチャリを積みいざSan Marcosへ。ジゴクヨッシャー!!!



6日目 San Marcos→Covina(80mile)

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友達の家のソファで朝を迎える。もうさすがに高速通りたくないので帰りは電車にチャリを積んで海軍基地を突破。その間爆睡。再びチャリに乗りラストスパートをかける。やはり体力も限界に近づいていて体もバッキバキ。しかも運悪くこの日が一番の猛暑。最後の難関は山に囲まれたうちへ戻る為に越えなきゃいけない数々の上り坂。立ちこぎで汗だくになりながら地道に進んでいるととんがりヘルメットのにーちゃんに「Hey Hey Hey!!!」と抜かされる。殺意が芽生えました。しばらくするとブロンドの髪のねーちゃんに「Bye!!!」とちっさいケツをフリフリしながら抜かされる。恋が芽生えました。





そんなこんなで。人生初めての一人旅。やりきりました。

ホントにたくさんの人たちに出会った。写真もちょっとアップしたけど本当はこれ以外にも本当に色んな人に助けてもらって。

チャリんこのこぎ方を走りながら伝授してくれたアスリートのニーチャン。
途中俺ん家に泊まってけって言ってくれた海の家のいかちいオッサン。
わざわざ一緒についてきてくれてチャリ屋を教えてくれたちっさいオバーチャン。
オマケでベッドもひとつつけてくれた(いらない)モーテルのでっかいオバチャン。
初めての電車に苦戦し二人で迷いながらチケットを買ったラテン系のネーチャン。

ほとんどのやつらは名前すら知らないけど。これ以外にも一生忘れないだろう出会いにマジで恵まれた。





たくさんの人達に絶対不可能だと言われた。ネガティブなこともめっちゃ言われたし脅かされた。でもやめたくなかった。「行動に移す」ことがやっぱ一番大切なことだと信じてるから。口だけで動かないってのは一番したくなかったことだから。あきらめるならとりあえずやってから無理って言いたかったから。

ヒザ痛いし。
ケツ痛いし。
肩まで痛いし。
暑かったし。
寒かったし。
めっちゃ焼けたし。
怒鳴られたし。
追っかけられたし。
撃たれるかと思ったし。
腹減ったし。
のど渇くし。
髪くるくるだし。
何度もやめたくなった。

体力的にもめちゃめちゃきつかったけど実は精神的なチャレンジのが全然でかかった。でもこういうシチュエーションってのはこれから先の人生何回も迎えることになると思う。自分以外全員が反対しても、自分が信じて、やり抜くことで、新しい仲間ができて、応援してくれる奴らに出会って、成し遂げられる。何かを始めるっていうのはそういうことなんだと思う。

常に言い訳を作らず動ける人間でいてーな。





すんげえパンダ焼けと、ひんでえ筋肉痛と、でっけえ自信を手に入れた春休みになりました。






うちの学校Citrus CollegeにはLA近辺のカレッジでは最高レベルのシアターがあります。先週末はそこで満を持して“The Wizard Of Oz”の公演がありました。

オーディションはCitrusの生徒を中心に小さな子供からおばちゃんまで行われ。
セットは本場ブロードウェイからはるばるレンタル。
ワイヤーアクションもこれでもかとばかりにガンガンに使われ。
照明も映像も火薬を使った特殊効果も盛りだくさん。
本物の犬がステージにいた時はマージですげーなと。トレーナーがいてちゃんと言うこと聞いてトコトコ歩いてるし。笑



そんなCitrusの一大イベント。プロのプロダクションスタッフと混じりあらゆる分野の生徒があらゆる形で参加。

シンガー、ダンサー、アクター専攻はキャストとして。
ミュージシャン専攻はオーケストラとして。
シアタープロダクション専攻はステージテック&照明スタッフとして。

我らレコーディングプログラムの生徒も数名サウンドクルーとして借り出されました。



…激務…。



先週はほぼずーっと学校に住んでたようなもん。
朝9時から夕方5時まではいつも通りぶっ続けで授業。
授業が終わると同時にシアターに移り6時間のリハーサル。
家着くのは夜中の12時近く。飯食ってシャワー浴びて寝て次の日にはまた授業。
宿題をやらなきゃいけない時にはほとんど寝れないことも。
洗濯物とメールのあまりのたまり具合がもう逆に心地良い。

あまりのキツさにクラスメートのチャドも飲んでないのに酔っ払いみたいになってます。

写真


基本的な仕事はオーケストラピットのマイクセッティングとか。

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サウンドエフェクトのキューをふったりだとか。

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まあそん感じだったんだけど。一番きつかったのは総勢50人のキャストのためのワイヤレスマイクの準備と管理。このワイヤレスマイク。実はとってもデリケート。んでもって1個500ドルもしてとってもお高い。だからキャストが汗をかいてくるとね。すーぐダメになっちゃうんだって。んで俺らに言い渡された最初のお仕事。このレコーディングプログラムに入って一番最初にした仕事。プロダクションの成功の鍵を握るサウンドクルー最大のミッション。それは。



写真


全てのマイクにコンドームをかぶせること…。く…。



はい。マジです。湿気を防ぐためには最適だそーですよ。奥さん。

「コンドームを早く的確にマイクパックにかぶせることができるヤツ=仕事のできるヤツ」という最強の方程式が完成。

リハ前には…
「おい!お前コンドーム破けてんじゃねーか!」
「コンドーム足りねーぞっ!!取ってこい!!」
「あのダンサーはデブだからきっと汗かくなあ。ダブルコンドームだっ!!」

でもキャストにはちっちゃな子供も混じってて…
「あ~また破けた…。ね~も一個コンド…その…カバー取って。」

リハ後には…
「ごめんなさい…。コンドーム破けちゃったんですけど…。」
「…おめでたです…。」

って会話が飛び交う現場で頑張りました。



お父さん。お母さん。僕は今アメリカで色々なことを勉強しています。



俺は独り言ってか、一人で効果音的なものをやたら使います。





バスケでシュート打つ時はちっさい声で「シュッ」って言って「スパッ」って言います。実際は「ガコッ」ってなることのが多いんだけどね。

車乗ってて割り込みする時は「お願い入れてお願いお願いお願いおありがとおおお!!」って聞こえないの分かってるけど一応相手の目を見て言います。

ギター弾いてる時も後ろで爆音なってながら「ジャーンデュデュデューン」とか言ってます。

俺の鼻歌は色んな効果音が混じりまくってもはや超鼻歌です。ちなみに作曲する時はこの超鼻歌でメロディーをボイスレコーダーに録るとこから始めます。

基本的にリモコンでなんか動かす時は「ピッ」って言います。





そんな感じで。やたらそーゆーのが多いんです。んで話はこの間やっと終えた数学の授業でのこと。授業中に課題を渡されグループになって解くという場面。皆必死で難問を解こうと頑張ってる時、ふと答が分かった俺は無意識に

「ィヤッッッフーーー!!!」

って小さい声で叫んでたんです。分かる人は分かるだろーけどこれ俺普段からよく言います。したら周りのやつが

「うっせえよっ!!!」
「何だよイヤッフーって…。」
「俺分かるぜ!それマリオの相方のヨッシーだろ?」
「おお。さすがジャパニーズ。任天堂ができた国だけあるじゃん。」
「え?何お前どーやっ…」
「ィヤッッッフーーー!!!」
「え?お前も解け…」
「ィィィイイヤッッッフーーー!!!」

て感じで。教室中は瞬く間にヨッシーだらけになってしまい。次の日からこの「ィヤッッッフーーー!!!」が響き渡る数によって問題の難しさが分かる不思議な数学の授業になってました。





したらある日。いつも隣に座ってたDannyが真剣に聞いてきました。(ちなみにDannyは俺より背の高いバスケットプレーヤーです。でもポイントガードだそうです。アメリカは…でけえ。)

D「なあ。Hellって日本語で何てゆーの?」
俺「Hell?お前…Hellを日本語で言いたいの?あー…ジゴク…かな。」
D「JIGOKU?カッケー!!!え?じゃあYeahは?」
俺「Yeah?笑 お前…むず…Yeahかあ…ヨッシャーとか?」
D「YOSHAAA?ヨッシーみてーだな。だからお前ヨッシーみてーだったんだ。」
俺「え?ああ。まーな。」
D「ジゴクヨッシャー!!!」

したら前の席に座って課題に苦戦していた獣医を目指すMattがすぐさま反応。

M「うぇ?何その新しいの?」
D「おめー知らねーの?これは日本語でHell Yeah!の意味なんだぜ。ジゴクヨッシャー!!!」

※Hell YeahってのはYeahをパワーアップさせたよーな表現。

M「うわ。かっけー。それマジかっけー。俺それメールアドレスにしよ。」
D「じゃ日本ではもう若いヤツ皆ジゴクヨッシャーって言いまくってんの?」
俺「え?おおもう皆言ってるよ。ジゴクヨッシャーッ!!!」





次の日から。教室のあちこちから「ジゴクヨッシャー!!!」と聞こえてくる何だか悪魔崇拝の団体みたいな数学の授業になってしましました。…。しまいました。




一番最後の期末試験。終わった人から帰れたんだけど。提出して廊下に出てったやつが次々に叫ぶ「ジゴクヨッシャー」を聞きながら、もうこいつらと一緒に「ジゴクヨッシャー」って叫べねーんだと思うと大嫌いな数学の授業でもちょっと寂しくなった20歳の冬でした。





ここんとこずーっと雨だったくせに俺の貴重な5日間の冬休みが終わった瞬間に雲は晴れました。新しい学期のスタートです。

ィィィイイヤッッッフーーー!!!