外なバレンタインデーになりました。もう朝っぱらからベッドの上で汗だくです。
木曜に冬学期の期末試験が終わって、そっから友達と飲んで、次の日からまた一人でデスバレー&セコイア国立公園を車で3日くらいかけて行ってこようかなとか思ってたんだけど。
確かにね。試験前喉痛かったし若干寒気もしてたんだ。木曜試験終わらして帰って来たとこまでは覚えてる。目が覚めたら自分の部屋の床に寝てました。初めて本当に気を失って倒れたらしいです。笑 でも別に誰にも気づかれず静かに倒れて静かに目が覚めたから病院運ばれて大騒ぎとかじゃなくて「あ…外が暗い…今いつだ…」みたいな感じですんごいあっけない失神でした。笑 そっから3日間はもうずーっと熱下がらなくて…汗だく→ 凍える→汗だくの繰り返し。そんなんしてたらもう冬休みあと2日しかないし。
外出れないし。もう寝すぎて腰痛いし。本読むと頭痛くなるし。なんかずーっと部屋にいると色んなことを考えてしまって。暇なんで日記を書きます。
この間友達の葬式に行って来た。そいつはまだ19歳。ガンだって。クリスチャンだったから最初はセレモニーって言うのかな。そんなんがあって。
「今までの人生は準備期間。これから天国に行ってもっと楽しいことが待ってるんだ。だから悲しいことは何もない。」
みたいなことを牧師さんが言ってて。ご両親も涙一つ見せずにひっそりと座ってて。闘病生活も長かったらしくて家族もどこか疲れきってて。でも本当に棺を閉めていざ埋めるってなった時。お母さんはその場で崩れちゃって。周りのことなんかお構いなしにもう泣きじゃくって。何度も何度もそいつの名前呼んで。家族の制止を振り切ってそいつに抱きついて。見てられなかった。一人息子だったんだって。
人は色んな方法で死ぬってことを説明したがる。また生まれ変われるとか。天国での新たな生活とか。そんな悪あがきをして先の見えない絶対の最期に立ち向かおうとする。そうしないと残された人はやってけない。
でも正直このお母さんの反応がリアルだよな。何をどう自分に説明しようとしたって。別れは別れ。そんな簡単に切り替えられない。
これ聞くと結構皆経験あるって言うんだけど。小さい頃一回はすんごいじっくり死ぬことについて考えちゃって、考えすぎて怖くなったことってない?俺の場合それが小学校1年の時にあって。何かこの頃って今まで世間の大人達に上手い具合に丸め込まれて来たことが段々と分かってきちゃう頃で。そのまま丸め込まれてた方が絶対幸せなのに。笑
将来カクレンジャーには絶対なれないとか。
どんだけ練習しても悟空みたいに空は飛べないとか。
ミニ四駆は「飛べー」つっても飛ぶわけないとか。
サンタクロースは本当はいないとか。
コウノトリが運んできて子供ができるわけねーとか。
もうしょーもない好奇心からそーいったことをどんどん知りたくて。何かにつけて全ての物事にカチッとはまる理由がないと納得いかなくて。あー可愛げのないガキ。笑
丁度この頃じーちゃんの葬式があってね。俺にとっては初めての葬式。親戚がたくさん集まってて。皆が忙しそうで。親父が泣いてるのを初めて見た時はビビったけど。俺は涙は出なかった。でも葬式が終わってまたいつもみたいにじーちゃんの家遊び行くとそこにじーちゃんはいなくて。そこで初めて「ああもう会えないんだ」って思った。それが死ぬってことなんだって。それがきっかけで俺って死んだらどーなんだろってことを考えだしちゃったんだよね。
皆いつかは本当に死ぬんだよな。
だったらなんで皆それ知ってんのにそんな呑気に暮らしてられんだろ。
皆怖くないのかな。死ぬんだよ?
でもいずれ全員天国行くならまた皆天国で会えるのか。
なら最初っからここ来させないで天国行かせてくれればいいのに。
ホントだよ。何でこの人生生きてる意味あんだろ。
でも天国行ったらまた0歳から始めるのかな。
記憶は全部消されちゃうのかな。
じゃダメじゃん。それやっぱ死んでんじゃん。
とかそんなことをマジでグルグルグルグル考えてしまい。眠れぬ夜が続いた7歳の少年。今でも覚えてるな。あれが人生初めての徹夜。笑 結局このことばっかはどんだけ考えてもカチッとした答が見つけられず。「もう考えないようにする」っていう手段しか思い浮かびませんでした。それからというものホントにもうそのことについては考えないようにしてて。あっという間に21歳ですよ。笑
そんで今回7歳のあの頃に封印したあのモヤモヤをもっかい考えてみたんだ。体力的にはかなり弱りながら。
やっぱり死んだ後のことはよく分からない。あんま決めつけてもしょーがない気もする。ただあんま死んだ後に期待するのはよくないかもしれない。今生きてる意味がホントに見えなくなりそう。
確実なのは結局死っていうのはどうあがいても生のタイムリミットってこと。それとこのタイムリミットってのはやっぱりあるべくしてあるってこと。これがなきゃ不思議なことに人間は本当に何もやらん。ほら。宿題とか。就活とか。メールの返信とか。人生のタイムリミットは自然と全ての物事にタイムリミットを作り上げて。だからこそ人は時間を大切に使えるようになって。生きることに意味が生まれる。もし人生が無制限だったらそれは本当の地獄だと思う。もし天国があるならそれにも終わりがあってほしい。永遠の楽園程辛いものはないと思う。
7歳の俺があっこまで死ぬことにビビってたっていうのは、せっかく来たハワイ旅行でホノルル着いた瞬間に帰りのことについて考えて悲しくなってるようなもんで。その時間を楽しむ為についてるタイムリミットそのものを怖がって楽しむことを忘れてる。そんな感じなんだろーな。
でもやっぱり終わりとか別れっていうのは辛いもの。その友達のお母さんの悲しみはきっと俺の想像を遥かに超える深いもの。でも彼は19年っていうタイムリミットがあったからこそ突っ走って来れた。そして彼女にも彼女のタイムリミットがあったから息子に出会えた。彼女には残りのタイムリミットを息子の分も精一杯生きてほしい。
もっと濃く生きなきゃ。
とまあ弱ってる時に限ってこんなことをずーっと考えてしまうわけで。何もできない時に限ってヤル気は沸々と湧いてくるわけで。ベンチに下げられてるときに限って周りが見えてくるわけで。
もうすぐ春学期始まります。ここ多分結構頑張り時です。さっさと体調直して色々始めないとな。
あープッチンプリンが食べたいなー誰かー。













































