結納より前のお話


挙式予定のホテルで食事


そっなく終わる。





帰り際に、私や旦那のいないところで、姑は母に「こんなに早く結婚なんて、娘さんに子供でもできてんじゃ無いですか?」と聞いたそうだ。




してねーわ‼︎子宮内膜症で簡単に出来ないって言われてて、お前の息子がそれでもいいから結婚したいって言ったんだわ!



そう、いくら息子とは言え会話しなさすぎだ。結婚するというのに
結納の日

姑にホテルは嫌と言われて、姑の行きつけの飲み屋の2階を予約される。
古い町の小さな居酒屋



この時点で本当に婚約破棄し解けば良かった。



私は姉家族と父母がスーツや制服
旦那はスーツ



姑はだらしない私服に、3兄弟はスイミング帰りの髪の毛ビシャビシャの状態に姑のお兄さん。


この時、姉夫婦は初対面。結婚を反対された。姉の旦那はあんな非常識な家族とは今後一切付き合わないと。



今思えば居酒屋も汚い普段着で来るのもみんな嫌がらせだったのだろう。
でも、私にはいい顔してくれてたから気付けなかった。本当にバカな私…

この時もっと全力で反対して欲しかったなー


もうすぐ結婚20年、思えば結納のあの日から姑はかなり頭がおかしい人だった。
周りから、若すぎる。早いと言われた。
よく聞くことだが、自分は違うと思ってた。
思いっきり、未熟者だった。




それからずっと私と私の家族は姑の感情的な嫌がらせをされて来た。




それはいつもあちらの家族のいないところだった。






姑はシングルマザーと聞かされていた。
旦那には、歳の離れたまだ学生の兄妹が3人いた。大変な苦労をして来た方なんだ。無我夢中で子育てして来たんだ。だから仕方がないんだと、自分に言い聞かせて来た。




兄妹たちのためにああしろこうしろうと、一緒に住めと言われた、私達のお財布の管理をしようとしてきた。
流石にそれは違うと思ったのでそれは全力で阻止した。




私達には長いこと子供が居なかったから、多少は私たちさえ我慢したらそれでいいと思ってた。
その頃は旦那はまだまだ自分の親が正しいと思っていた。後からわかるが、姑の操り人形だった。





私の母は、義妹が結婚する時、私達の、結婚の時にしてきた行い、私の母の気持ちなどわかるでしょうと言っていた。
それを支えにして来た。




やがて3人が社会人になっり、私達にも子供ができた。



コレからは孫に時間とお金がかけられる。って姑も言ってくれた。
私達の我慢は報われると思った…間違ってた




義兄妹達が結婚した、それは報われるどころか益々傷つくこととなる。その言葉で私はもう姑の言葉、行動何一つ我慢できなくなってしまった。




3人の兄妹は感謝どころか、完全に旦那をバカにしている。なんなら兄妹とも思ってない。
姑がそういう子育てをしたということだ。




私はただただ歳をとっただけの未熟者のまま
ただただ精神を病んで今の状況を脱する知恵も力も無い。



でも、そんな私も今は母になっている。
子供のためにできる事はなんでもしなければ。


子供のためならどんなことも我慢できる!
やれるという母が多い中。
私にはその力も行動力も湧いてこない。



ただただ自分を責める。
夫婦揃ってメンタル弱い。



なにより子供のために、姑や小姑旦那の家族とどう付き合えば良いのか全くわからなくなっている。