朝の電話で飛び起きる。
時計を見ると朝の3時過ぎ。
コールは泊まりの姉。
遂にきたかと、電話に出る。
おかん、息してない。
もうとっくに覚悟をしていた私は
そっか。訪看さんに連絡して
すぐ行くからと。
旦那も起きてきたけど残念ながら
旦那は2時間ぐらい前まで酒を飲んでいた為
車の運転はさせられない…
5時前の始発に乗って実家へ向かった。
実家に着くと富山県の兄以外はもう兄弟全員揃ってた。
母の部屋に入ると、寝ているような母。
頭を撫でて、良くがんばった、ありがとう。
と、声をかけた。
11月2日に退院して19日。
まともに会話もできない程のせん妄で
ほんと大変だったけど43年間
私の大事な母だった。
7月に膵臓癌ですと余命宣告も同時にされ
たったの3ヶ月。
あんなシャキシャキ歩いていて、
花が大好きな母がこんなにも早く逝くなんて。
でも涙は出なかった。
覚悟は出来ていたし、楽になって良かったと
そういう気持ちしか湧いてこなかった。
私、冷たいのかな…
2時間ほどして、先生がきてくれて死亡宣告。
付き合いが長い先生も泣いていた…
看護師さんも。
地域密着はこういうところが人情的でいいな。
その後は看護師さんと母の身体を拭き、
化粧をしてあげた。
葬儀屋さんに連絡すると葬儀は他の兼ね合いも
あるので11月24日に決まりました。
11月24日は母の誕生日🎂
亡くなる前も誕生日お祝いしようなーって
言うとうん、と言っていたのに葬儀の日に
なるとはね。
母の最近の口癖は、大阪万博見ないで死ねない。
万博見に行く!だったな。
万博見れなかったなぁ。。
その後、診療所のお友達とか
看護師さん、理学療法士さん、受付の人達
皆んな来て下さって、泣いてくれました泣
リアルタイムでブログを残せなくて、
飛び飛びの更新になってしまいましたが
見てくれてた皆様、感謝致します。
闘病中の方も見てくれてた方もいると思います。
でも母はあくまでも高齢の為に、強い抗がん剤は
しないという判断なだけで、
闘病されている方は、なんとか寛解に向けて
諦めないで欲しいと思います。
来月、母の一周忌になります。
今まで皆さまありがとうございました。