今年もあげた。去年もあげた。
一昨日もあげたし、その前もあげた。
何やかんや毎年毎年、ちゃんと手作りのバレンタインチョコをあげてるあたり、自分ってつくづく懲りないなって思う。
別にもう、私だけの側にいてほしいとか、そんな無駄なことは考えないけど。
この歳にもなってバレンタインにうきうきしちゃったりするんだから、笑っちゃう。
でも、もうあれから何年もたって。
作っている時に、毎年思う瞬間がある。
これをあげて、なんになるんだろう、って。
悟は、今だに無謀な恋をしてて、そんな悟に私もまだ、無謀な恋をしてる。
「あー、よかった。何とか原稿終わって。」
ばーっと原稿の束を確認して、もう眠りに落ちかけている悟を見て、少しだけ笑う。
「朝ごはんにしよっか。」
「いや、いいよ。裕佳梨これから仕事だろ?」
「大丈夫だよ。朝ご飯を家で1人で食べるか、ここで悟と食べるかの違いなんだから。」
私がそう言って立ち上がると、悟は少しだけ申し訳なさそうに眉を下げて笑った。
「〆切ギリギリになっちゃってごめん。」
「本当だよー。…まあ、でもいいよ。悟が納得いく作品を出したいって気持ちは分かるしね。」
髪を一つに束ねて、ソファからこっちをみている悟にそんな言葉を返しながら、
なんだか新婚さんみたいだなぁ、なんて思って、自分の惨めさに笑った。
「これだけは、絶対に中途半端にしたくなかったんだ。」
悟が故意的につけたTVの中で、悟の小説が特集されてる。
悟が私のために書いてくれたあの小説。
高校を卒業して、いや、あの人と出逢って、悟は変わった。
もう書かないといっていた小説を、彼はもう一度書きたいと言った。
だから、悟の小説の担当をしたいがために、頑張って勉強して、大学を出て、編集者になった。
出版社に出そうと言ったのは私だ。
何でか自分でもよく分からない。本心は出したくなかったと思う。
あれだけは、私の、私だけのものにしたいっていうのが、何よりの本心だったと思う。
でも、出した方がいいと思ったのだ。
ここだけのものにしちゃいけない。
悟はもっと、もっと広い世界に飛び出せる人だから。
『この作者は名前が無いことでも有名ですよね。前作も若いながらにかなりの話題を残していましたからね。ただ、名前がないので、本当にあの作者と同じ人物かどうかは分かりませんがね。」
こんなに徹夜したのに、キメ細かい肌は一つも乱れてない。
私の方なんて生活リズム狂いっぱなしで肌も髪もガサガサだっていうのに。
「…裕佳梨。」
TVに釘付けになっている悟の口が静かに動いた。
『作風もかなり変わってますもんね。何年もたって、深みが増したといいますか。』
悟はこっちを見ない。
ただずっとTVを見つめてる。
「美麗さんは、今回の小説の意味、気づいてくれるかな。」
悟の一言に、TVの音すら遠くに聞えた。
__今でも貴方を愛しています。
最後のページにたった一文書かれた文を思い出した。
悟は今だに無謀な恋をしていて、私は……
私もまだ、そんな悟に無謀な恋をしてる。
「…大丈夫だよ。」
唇が震えた。
私は、いつまで好きなんだろう。
「絶対気づくよ。」
いつまでも違う人を想い続ける悟を、私はいつまで好きなんだろう。
「…ありがとう。裕佳梨。」
悟がやっとこっちを向いて、私をその視界の先に映した。
悟が笑うと、泣きたくなる。
すごく、泣きたくなるんだ。
いつまで、いつまで私は…。
「あ、裕佳梨。そういえば。」
悟がそう言って何かをごそごそと探している中、私はただただ、泣きそうなその顔を見せないように俯いていた。
バレンタインだって、いつまで続けるんだろう。
いつまでも私を好きにならない相手に。
本当は、本当はまだ、思ってるんじゃないの?
私の側にいてほしいなんて、そんな無駄なこと。
これをあげても何にもならない。分かってる。
だって、悟はいつも私からバレンタインチョコをもらう時、少し困った顔をする。
「裕佳梨、これ。」
気づいたらさっきまで向こうで探し物をしていた悟は私の隣にいた。
差し出されたものに視線をやると、それはピンク色の包装のほどこされた小さめの箱だった。
「いつもありがとう。」
違う。違うんだ。
悟を困らせてるのは、私がきっといつも泣きそうな顔をしてるからだ。
「____…こちらこそ。」
…泣かない。泣きそうになっても泣かない。
もう悟は十分すぎるくらい私を大切にしてくれてる。
その優しさにいつまでも甘えてるのは、私の方だ。
「ありがとう。」
箱を抱きしめて、私は笑う。
好きだよ。凄くまだ、大好きなの。
どうしよう。
ずっと、ずっと好きだったら、
どうしたらいいんだろう。
________
「__よっ。」
一通り仕事を終えて会社から出てきた私に声をかけてきたのは、珍しくスーツ姿に身を包んだ哉だった。
「どうしたの?こんな時間に。」
哉は驚いてその場に立ち止まった私の側までやってきて少し挙動不審に、「まあ、色々さ。」なんて言ってはぐらかす。
「スーツなんて珍しいじゃん。」
「今日行事後に保護者会と飲み会あってさ。」
「へー、ちゃんと先生やってるんだね。」
2人でどちらかともなく並んで歩き始めて、ふと、昔のことを思い出した。
「こうやってさ、2人で歩いてると、花火大会思い出すね。」
くっつきもせず、離れもせず、手すら触れない微妙な距離感。
この何十年間で、一つ、分かったことがある。
それは、いつもちゃらんぽらんな哉は、2人っきりになると凄く真面目で静かになるってことだ。
「…そうだな。」
私と哉のこの間に悟がいたら、きっと彼はいつもみたいにお気楽な口調で、「俺たちのメモリアルだな!」とかなんとか言うに決まってる。
でも、哉は、私と2人になると、それをしない。
いや、違うか。
私が悟を想って心の中で泣いてる時だ。
いっつもそう。
悟のことで私が1人で泣きそうになってる時、絶対に私の隣には哉がいるんだ。
「いやぁ、でも哉がまさか先生になるなんてねー、」
少ししんみりしてしまった雰囲気を取り払おうとして、また会話を元に戻した。
「いつも泣きべそかきながら宿題終わらせてた哉が、」「裕佳梨。」
気づいたら、隣に哉はいなくて振り返った私の、二、三歩後ろに哉はいた。
__裕佳梨。
「あのな。」
__あのな、聞いて欲しいことがある。
花火大会の後、悟がいない帰り道。
あの夏と、今の大人びた哉の表情がリンクする。
「どうしたの?」
__どうしたの、急に。
「__俺、」
__俺な、
あの時と、同じだ。
あの時の哉と、同じ顔だ。
「俺、裕佳梨のこと、」
ブンと、風を振り切る音がして、私に伝わったのは、哉の唇が動いた様子だけだった。
「ごめん、哉。全然聞こえなかった。」
そういいながら、近づこうとする。
あの時もそうだった。
あの時も確か、まだ終わってなかった花火にかき消されちゃったんだ。
__いや、やっぱり何でもない。
記憶の中の、幼い哉が、少し切なそうに笑う。
「また、かき消されちゃったなー。」
哉がそう言って、笑った。
眉の下がった、弱々しい笑顔だった。
「はじ___」
「でも、もう、あの時みたいにやっぱり何でもないは無しだけどね。」
手を伸ばそうとしたその腕が引かれて、唐突に、私は哉に抱きしめられた。
「ちょっと、哉!!」
いくら夜でも、ここは大通りだ。
人目がある。
なのに、突き放したくても、その強かった力があまりにも急に弱くなるから、離れられなくなる。
「今日、ここに来たのは、裕佳梨に会うためだよ。」
耳から数センチのところで聞こえる哉の声は、何だか凄く別人みたいだった。
「俺、ずっと、裕佳梨が好きだよ。」
哉から発せられた一言が、苦しくなるくらい胸に響いて、喉に詰まったみたいに言葉を失ってしまう。
ずっと、好きだよ。
ゆっくり哉が離れるのが怖くて、自分の今の表情がどんな風に哉に映るのか、凄く不安になった。
「急にごめんな。」
硬直する私に、哉は申し訳なさそうに笑う。
その笑顔がますます私の言動を制限した。
なんて、言えばいい?
私は悟が好きだからごめんって?
…悟は、絶対に私を好きになったりしないのに?
「ごめん。困らせたよな。」
困ったみたいに哉が頭を掻く。
違うと言いたい。
でも、その違うって言葉が、どう違うのか自分でもよく分からない。
「……ごめん。」
分からないまま、言葉が漏れた。
ただ、切なくて。
哉の想いも。私の想いも。
ただ悲しくて。
私が悟を好きなこと、哉は知ってるはずだ。
なのに、彼はずっと、私を好きだったの?
「…ごめん。」
何に対してのごめんなのか、分からない。
どうしたらいいのか分からない。
どうしたいのかも、分からない。
「謝んなよ。」
哉が私の頭をくしゃくしゃっと撫でた。
その手の体温がとても優しくて。
顔を見た瞬間すぐに分かってしまった。
辛いのは自分の方なのに、哉は無理して笑ってるって。
哉はそういう人だ。
空気読めないふりして、私が泣きそうな時、いつも笑って側にいてくれるような、
そんな人なんだ。
「私、まだ、悟のことが好きなの。」
俯いてそう言った一言が、哉を傷付けただろうことは、明確だった。
なのに、
「…知ってるよ。」
なんて、無理して明るく振舞ってるような声で言わないで。
「裕佳梨がずっと、悟のこと好きなことも、今だに好きなことも。
俺の片思いなことも、全部分かってるよ。」
くしゃくしゃくしゃって、両手で哉が私の髪を乱す。
じゃあ、なんでって、そんなこと言えなかった。
哉は、私と全く一緒だった。
私が悟に無謀な恋をするみたいに、哉は私に無謀な恋をしてたんだ。
「…ばか。」
ポスっと哉の胸を叩く。
「ばか、ばか。」
何回も何回も。
まるで、自分に言い聞かせてるみたいに。
「…俺、昔から馬鹿なとこだけは、なおんないんだよね。」
私の手首を哉が掴んだ。
私はゆっくりと顔をあげて、そのとき初めて、哉の泣きそうな顔を見た。
「でも、ずっと好きなんだよ。裕佳梨が悟のこと好きなの分かってても、ずっと好きなんだ。」
悲しくなるくらい。
泣きそうな顔をした哉の声が、胸に突き刺さって、涙が伝染したみたいに、ポロポロと涙が落っこちて止まらない。
「悟のこと、まだ好きなの。」
「それでもいいよ。」
「そんなの、おかしいよ。」
「…おかしいよ。」
止まらない涙が哉を遮って、視界がぼやける。
「悟のこと、好きでもいい。いつか、俺のこと好きになってくれればそれでいい。」
「でも、もしかしたらずっと好きかもしれない。…ずっと、私は悟のこと、好きかもしれない。」
声に出したら、余計に苦しくなった。
本当にずっと好きままかもしれないって、そう思ったら怖くなった。
「…そうしたら、悟のこと好きな裕佳梨ごと受け入れるよ。」
哉の手は気づいたら私の手首じゃなくて手のひらを握っていて、温かい体温がぎゅっと強く重なる。
そんなの、哉が辛いだけじゃない。
そう思って目を閉じた。
私たちは愚か者だ。
無謀な恋をして、二度と叶わない恋かもしれないのに。
それでもずっとその人の側にいたいって願ってる。
「…私たち、馬鹿だね。」
一歩哉に近づいて、頭だけを彼の胸に預ける。
「馬鹿だよ。」
哉の右手が私の背中に回って、何回も何回も、ぽんぽんって泣いた子をあやすみたいに一定のリズムを刻んだ。
「でも、好きなものは好きなんだからさ、しょうがないよ。」
いつか、好きじゃなくなる瞬間が来るのだろうか。
いつか、私はちゃんと他の人を好きになれるのだろうか。
まだ、こんなに悟で一杯なのに。
私は、ちゃんと悟のいない未来の世界を、想像出来るのだろうか。
哉は何も言わない。
それは凄く切なくて、優しい沈黙だった。
____
「えっと、こいつは本当に馬鹿でお調子者で、本当に救いようのない馬鹿だし、」
黄色いドレスを着て笑う私の隣で、何故かけなされてるのに私のハンカチで目を押さえてる彼。
「裕佳梨は、お節介で心配性で、おまけに泣き虫。」
私の番になって、また哉の時みたいにもっと良い言葉あったでしょって思うようなことを言う悟に、少し呆れながら苦笑を零した。
「でも、2人とも。こんな俺を支えて愛してくれた、俺にとって何よりもかけがえのない家族です。」
言った後、悟がこっちを見て照れ臭そうに笑う。
「うおお!!さとるうううう!!!」
そんな悟に大号泣しながら抱きつく彼の姿に、会場が湧いた。
「結婚おめでとう。」
悟がお祝いの言葉を締めて、拍手が起こる。
哉に抱きつかれながら悟が私に送る視線はとても優しい、大好きな笑顔だった。
『道崎悟さん、ありがとうございました。それでは次へ、と言う前に、ここで新郎から新婦へサプライズメッセージがあります。』
突然の司会の予定と違うアナウンスに、驚く私と、颯爽とたち上がるさっきまで泣きじゃくってた彼。
彼は私の目の前に立つと、はずかしそうに笑ってから私の目を真っ直ぐに見つめた。
__ずっと、悟のこと、好きかもしれない。
「あーあー、てすてす。」
ほら、またお調子者の彼らしい無駄なマイクテストなんて入れちゃって。
でも、私はちゃんと、それが照れ隠しなこと、分かってる。
私の目を真っ直ぐ見つめる時の彼は、凄く真面目なことも分かってる。
「えーっと、裕佳梨。
今日は、裕佳梨の笑顔がたくさん見れて、凄く今幸せに思ってる。」
さっきまでひやかしたり、騒ついていた会場が、彼の一言で一気に静まった。
彼の目には私しかいない。
私の目にも、それは同じだ。
「俺はずいぶん長い間ずっと裕佳梨のこと好きだったけど。俺が1番好きな裕佳梨は笑ってる裕佳梨で。ちなみに、好きだなって思ったのも裕佳梨が笑いかけてくれた時だった。」
照れを隠すように、彼がにひっと歯を出して笑う。
私もそれに対して笑って、2人で笑い合う。
「裕佳梨のこと、凄い好きで、やっと好きだって言えて、まあ、色々あったし、すれ違ったし、俺の気持ちとか、いつも一方通行なことばっかだったけど、
今日、君が隣にいることを幸せに思う。
君に出逢えて、よかった。」
鼻がツンとして、笑ってるのに何だか涙がどんどんどんどん瞳の淵に溜まっていく。
「凄く、凄く好きです。」
与えられる言葉が、あまりにも、
愛に満ちすぎて。
「これからも、ずっと、好きです。」
溜まった涙がポロポロと落ちて、でもそれを拭うのも惜しいくらい君の笑顔が優しいから。
「ずっと笑わせてみせるから、だから、ずっと俺の隣で笑っていてほしい。」
涙が次々に落ちて止まらない私の、側に、彼が近寄って、
そっと手を握った。
「世界一の幸せ者、哉さんより。」
くしゃっと笑う、少し馬鹿っぽい笑顔。
__それでも、いいよ。
心配することなかったね。
「…私も世界一、哉が大好き。」
幸せだよ。
君の隣で。
泣いちゃいそうなくらい、幸せ。
きっと、世界で1番幸せ。
『それでは、幸せ一杯な花嫁さんのブーケは一体誰が手にするのか?』
一杯に咲いたひまわりのブーケを手に持って、色んなことを思い出す。
悟を好きだった時、哉に好きだと言ってもらった時、
それから、哉を本当に大好きになった時、
ブーケが大きく弧を描いて舞い上がる。
太陽に照らされて、黄色い大好きな花はきらきらと輝いて、一人の女性の手の中に落ちた。
びっくりしたようなその綺麗な黒髪の女性は、悟を見て幸せそうに笑う。
「ねぇ、哉。」
空になった右手で哉の手を握ると、哉は優しく笑ってその手を握り返した。
「とっても好き。凄く凄く、大好き。」
私の言葉に、哉は凄く嬉しそうに笑って、ちゅっと、私の額にキスをした。
「俺もだよ。」
笑おう。
今日も、明日も来年も再来年も、ずっとずっと先も、
君の隣で。
fin.