彼女は常に自分の心を埋める何かを探す放浪者だ。
「また浮気ですか。」
朝6時頃になって家に帰宅してきた彼女にコーヒーを出しながら呆れたように、いや、今更呆れもしないで問い掛ける。
「浮気じゃないわ。探し物をしてるだけよ。」
彼女の浮気性はもはや彼女の日常生活の一部で、彼女は自分が探しているものじゃないと分かっていても、手当たり次第にそれを手にしてはまた違う何かを探し回ってる。
浮気を繰り返している割に要領の悪い彼女は、いつも浮気がバレては振られ、バレては振られの連鎖で、一向に学ぶ気配もない。
「探し物は見つかりました?」
そうやって探し物が見つかるはずはないことを知っていて、少し意地悪な質問をした。
「見つからないかな。」
猫舌の彼女のために入れた氷の一つ浮かんだコーヒーをふーっと息を吹き掛けて更に冷まそうとする彼女の声は少しだけ絶望を孕んでいた。
「私も本当は分かってるのよ。きっとどれだけ探しても尚さんの穴を埋めてくれる人なんて誰もいないんだってこと。」
分かってるのよ、ともう一度彼女は呟いて、悲しい笑みを俺に向かって向けるのだ。
「駄目よね。どんな人に出会ったって誰一人として愛せないの。」
カップの中であっという間に全て溶けてしまった氷を探しながら、俺は思う。
「…滑稽ですね。」
愛せないくせに、彼女はまだ人を愛そうとしている。
「貴女には無理ですよ。」
とっくに冷めたコーヒーから視界を上げて、冷ややかな瞳で彼女を見つめる。
「…そうね。」
人間らしい同情を誘うような切ない微笑み。
溜め息みたいに俺の否定を肯定する。
「私たち、少し似てるわ。」
流れるような黒い髪を耳にかけて、ふふっと溢すように笑った。
「違うかな。似てきたのかな。」
コーヒーを口に含もうとして途中で手を止めた彼女は、俺に同意を求めるみたいに視線を寄越す。
「貴女が俺の両親を殺してから、ずっと一緒でしたからね。」
遠い記憶を振り返るように吐いた言葉に、彼女は少しの間目を瞑ったままでいた。
「本当に私の手で殺せたんだったら、もっと楽だったのにな。」
目を閉じたその瞳の奥で何が映し出されてるかなんてことは、俺には分からない。
俺の父親との記憶か、はたまた父と母が二人で死んで行った姿か。
「尚さんはズルいな。本当にズルいな。」
父の正式な妻だった彼女は、不倫の上家庭まで作ってしまった俺の父をどうしてまだ愛すことが出来るのだろうか。
あんな男、と思ってしまえば楽だったのに。
「智くん。」
彼女は愚かだ。
「何ですか。美幸さん。」
どこまでも愚かだ。
「……抱き締めて。」
「…はい。」
あの日、彼女は自らの人を捨てたのだろう。
カタッと椅子から立ち上がって、俺はこの愚かで哀しい化け物を抱き締める。
彼女が化け物なら、そんな彼女を愛する俺も、きっと化け物なのだろう。
「…残酷だね。」
そう言ったのは、彼女か、それとも俺自身だったか。
Fin...
紅都 蓮