最高の自分と、最高の家族をめざす。 -5ページ目

最高の自分と、最高の家族をめざす。

RC method 認定カウンセラー 菊池 タクオのブログです。夫婦のこと、子育てのこと、クリスチャンの悩みについて書いています。

このブログでは、境界線について書くことが多いですが

子育てにおいても、境界線を意識することは

子どもの自立に役立ちます。

 

幼少期から学べる境界線の一つが

「所有の境界線」です。

自分の物、人の物、施設/園の物、みんなの物

それぞれに境界線があります。

特に「自分の物」は子どもが所有の境界線を意識し初める

最初のきっかけになります。

 

しかし日本では自己犠牲、調和が大事

という文化があるからでしょう、

自分のおもちゃで遊んでいる時に

他の子がそれを取っちゃったとしても

「いいじゃない、ちょっとくらい貸してあげなさい」

という親は多いのではないでしょうか。

 

実はこれ、境界線の観点から見ると

「境界線を侵害されても我慢しなさい」

と教えることになってしまいます。

 

そして、それを学習することは同時に

「あなたも他の人に貸してあげるべき」という

他人の境界線侵害もセットで付いてくることが多いです。

 

だから人の境界線を尊重するためには

まず自分の境界線を尊重できるようにするのが

大事なんですね。

 

もちろん、自分の物を与えたり、捧げたり、

時には貸してあげることも、

人類社会においてなくてはならないことです。

しかし、ベースに所有の境界線が引けているか、いないかで

その行動の価値も大きく変わってきます。

 

自分の所有物、として愛着があるからこそ

それを捧げることには価値が生まれます。

 

聖書でも、使徒たちが

「自分が所有しているものを自分のものと言わず、

全てを共有していた。」

と記録していますが、

あくまで自分の所有物として

境界線が引けた上で、フリー扱いにしていましたから

「お前も自分のもの差し出せよ。」

なんて境界線侵害はなかったのではないのかな、

と思います。

 

 

与えること、捧げることは、

奪われることを許可することでも

自己犠牲の痛みに

歯を食いしばって耐えることでもありません。

愛、喜び、平安、可能性、信仰

未来になる良い実に投資し

自ら選択することです。

 

 

というわけで所有の境界線を身につけることは

時には冷たく見える事もありますが

長い目で見ると、とても有益です。

 

子どもが自分のおもちゃで遊んでいる時に

他の子に取られて困ってたら、

「そうされるべきでなかったよね」

「悲しよね」と伝えていいし、

その子が取り戻せるようにサポートしていいんです。

貸したくない時は、貸さなくていいんです。

 

ちなみにうちの場合は2、3才になったら

その子の聖域としての所有のスペースを確保して

自分の物はそこに入れるように伝えて

親でも、そこを勝手に触らないようにしています。

 

それでも「取られた」だ「私の」だ

はしょっちゅう起きますけどね。

 

子育ての悩みも

境界線で整理することでスッキリしますよ。