長くなりますがちょっと心の内を語らせてください。
義両親…。
(ここからの暴言、お許しください)
私は義両親が嫌いです。
主人が小さい頃、義父は家を出てる。離婚はしてない。
誰も義父の住所を知らない。義父の親戚すら知らないらしい。何をして生計を立ててるのかも知らない。
結婚すると決めたときに主人からは義両親のことは聞いていた。でも、暖かい家族の中で育った私は、幼少期から現在に至るまでの主人の環境をちゃんと理解できておらず、主人が病気になって、初めてあの義両親の人間性に気づいた。
先ず2人とも…見舞いに来ない。
たまーにきても30分で帰る。
まるで客だよ。
主人が亡くなる3日前。
葬儀とお墓の相談を持ちかけた。
「よく分からないから任せる…頑張って!」
と言われた。
頑張ってー?なんだそれ。
私ね…この人達の一人息子への愛って何だろうって思ったら悲しくて悲しくて悲しくて。
その時は突然にやってきた。パニックを起こしながら真夜中、義父に電話した。
間違い電話だと思われ切られた。
義母に電話し、事の次第が伝わる。
1時間後2人はやってきて主人の手を取り泣いてた。
真夜中の3時。
主人帰宅と同時に義父母も我が家へ。
葬儀会社との話し合いが始まる。
見舞いにも来ず親らしいこと1つして来なかった2人。全て私に任せると全て放棄したくせに、私の母が出したお茶をすすりながら話し合いに参加してるのを見て、私は壊れた。発狂して過呼吸で意識を失った。
葬儀まで4日あったのだが、その間主人は自宅で眠ってた。その間、たくさんの枕花が届き部屋はお花で埋め尽くされた。引っ切り無しに人が出入りしお線香をあげてくれた。
が、義父母が来ることはなかった。枕花さえ送って来なかった。
葬儀日の朝、納棺の儀に義父母がやってきた。花の1つもない。
「喪服のワイシャツ忘れたから主人の一枚くれないかなー。」…呆れた。
葬儀告別式で500名以上の方々が来てくださった。
最後尾のプラカードまで出たらしい。マイクロバスもなんども往復したらしい。
お焼香の間、ご挨拶に立ってたのは私だけ。義父母は客のように座ってた。
ひとしきりご挨拶をして周り、控え室に入ると、義母が楊枝でシーハーしてた。
葬儀が終わり遺影を持って帰宅する時、もうすでに義母の姿はなかった。
義父は何故かカメラで私たちを撮影してた。
お香典は頂けなかった。
生花代金も私が立て替えたが頂けなかった。
49日法要。一応義父母に連絡した。
法要を済ませ外食。お店で用意してくれた祭壇に私の家族親戚からお香典を頂く。
一応義父母への返礼品も用意したが、お香典は頂けなかった。只々、お昼を食べて帰って行った。
新盆。
あれから10ヶ月。一度もお線香をあげに来ない。主人の誕生日にも何も届かない。電話すらない。
一応新盆法要の日程を伝えたが、その日は義父の実家で法事があるから行けないとのこと。
自分の息子より実家の法要か…。
もう、呆れて物が言えなかった。
法要には来なかったが、翌日2人はやって来た。初めてお仏壇にお線香をあげてくれた。
そこで私は我慢できず泣きながら言った。
「この家には来ないでほしい」
あーぁ。言っちゃった。
結婚して17年の間、数えるくらいしか来なかったけどね!
この一連の流れを経験して、義父母からの主人への愛って何だろう。
この親に育てられたはずなのに、主人はとても人望の厚い人間。友人に恵まれ、同僚に恵まれ、葬儀に参列してくれた人数が証拠。
主人との子供には恵まれなかったが、私は主人と結婚できて本当に幸せだと思った。
私の父の一言…
〇〇ちゃん(主人の呼び名)はさー。反面教師だったんだな。いい奴だったなー。あの親からよくあんな良い子が育った。お前はイイ男と出会えて良かったね。
こんなことを暴露しちゃってよかったのかな。
でも、義父母に対する一般の目っていうやつを知りたい。
私は義父母を許せない。でも、こんなふうに思う私はちょっとズレてるのかな。
実は明日、姻族終了届を提出しに行きます。
義父母と決別です。
かなり勇気がいる。これでいいのかなー。
義父母はそれぞれ、親戚が遠方にいる。深い付き合いをしていないので、何かあったら私に回ってくるのではないかとかなり不安がある。義父なんてどこに住んでるのかすら知らないし。でも主人の両親なんだよ。主人は空の上でこんな私を見て嘆いてるんじゃないかと思うと辛い。だけど、これ以上関わり合いたくないのが本音。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
散々悩んだけど提出しに行きます。
これを読んで不快に思われた方もいらっしゃると思います。
でも、愛する夫に向けられた、愛のない両親の姿に憤りを覚え悩んでるのです。
申し訳ありません。
長文、読んでくださりありがとうございました。
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