支援者も
被災者です。

自分の
家や家族も
放置して

炊き出しや
救護活動など
被災者の
支援を
しているのを
ご存知
でしょうか?



行政職員は
ほぼ帰宅
出来ていません。

帰宅しても
3時間程度。

仮眠するのが
やっとです。



知り合いの
役所職員から
連絡が
多く
入るように
なりました。

みんな
疲れている。

泥だらけで
救護してるけど
着替える
暇もない。

寝てないから
メンタル的にも
不調者が
出てきた。


等々…




連絡くれた
方には

不調者を
我が家に
連れてくるように
話しました。


少し休ませなきゃ
共倒れに
なってしまいます。

今の私に
出来ること

今夜来る方々へ
温かいお風呂と
温かいご飯で
安らいで
もらう位ですね。


石巻にある
NPO法人
フェアトレード東北
の方々の
無事が
確認できたと
昨夜連絡が
ありました。

ただ…
事務所も自宅も
流されて
身一つで
避難生活を
過ごしてる様子


1週間前に
石巻に
行ったばかり
なのに…

私が通って
きたところは
全て
流された
ようです。


我が家は
ライフラインが
復旧しました。

なので
明日からは
小さな
避難所に
なります。


共に働く方々の
ための避難所。

昼夜問わずに
働いている
行政職員が
明日の夜に
数名来ることに
なりました。

かなり
疲れているので
温かいご飯と
温かいお風呂で
少し休ませて
また元気に
お仕事を
頑張って
もらいますね。



遺体安置所には
次々と
遺体が運ばれて
来ておりますが

実際の人数は
新聞等の
報道よりも
少ない
ようです。


まだまだ
行方不明者も
多数いますが

私の伯母も
私の実家へ
避難していたら
行方不明者
リストに
載っていた
みたいです。

なので
行方不明者全てが
亡くなっているとは
限りません。

何食わぬ顔で
知人宅に
避難してるかも
しれないので
最後の最後まで
諦めることは
ないかと思います。


だいぶ
疲れが出て
きてるようで、

苛立ちからか
アチコチから
文句や愚痴が
聞こえてきてます。

トラブルも
発生していたりと

みんな
疲れてるし
不安もあるから
仕方ないん
だろうけど

こんな時
だからこそ

お互いに
支え合い

励まし
合いながら

苦難を
乗り越えて
行きましょう!



現在不足して
いるのは

食料もですが

交通機関が
マヒしているため

移動手段が
自転車か車です。

しかし
ガソリンも
入手困難で
移動も
出来ない状況。


ガソリンさえ
あれば…

避難している
方々への
支援もスムーズに
出来るのに

身動きが
取れないです。

ちょっと
京事務所に
立ち寄ったら
凄まじい
状況でした。

事務所内に
誰もいなくて
不幸中の
幸いです。

書棚は
倒れて
ガラスは
散乱し

机は
20センチ
以上も移動


ここにいたら
怪我は
免れなかった
でしょう。

時計は
地震発生時の
ままでした。

タイム日記-201103151238000.jpg

若林区荒浜に
住んでいた
倫理仲間より
無事だったと
連絡ありました。

ただ
自宅は
未だに
立ち入り禁止で

流されているとは
思うけど
見にも行けないと
話してました。

今は
親戚や
避難所などを
転々とし
生き延びてる
との話。

家も資産も
全て失い
何もなくなると
笑うしかないと
多くの方々から
話に出てきましたね。


心配されていた
仙南倫理の
会長さんは
無事と聞いて
少し安心です。


宮城野倫理
役員は
全て無事で
あると
連絡があり
一息ついた
とこです。


まだまだ
連絡つかない
方々は
多く存在しますが
ミーナPowerで
乗り切りたいと
思います。


毎日
多くの方々から
連絡いただきまして
ありがとう
ございます。

みんな
励まし合いながら
頑張って
いきますね。
あと3日もつかな~

アチコチへ
行くから
早くスタンド
開けてほしいしょぼん


本日は
お薬が
なくなりそうな
方々の
連絡調整を
してました。

電話が
繋がらず
病院へ連絡
とれないと。

交通機関が
マヒしており
薬をとりに
いけないと。


フリーで
動けるので
便利ですね。

星が綺麗ですキラキラ

この先は
どうなるんだろ…

という不安は
ありますが

私が不安に
なっていたら
他の方々の
不安は倍増
しちゃうよね。


地震のあと
津波が
押し寄せてる
近くの道路を
車を走らせて
いました。

隣には
パニック状態に
なっていた
発達障害者を
乗せて。

私たちが
過ぎ去った後に
津波が
その道路を
襲った
ようです。


あと少し
遅ければ…

考えるだけで
怖くなります。


幸いにも
自宅は
散乱したものの

避難せずに
済みました。

水道も止まらず
ガスも
使えるように
なりました。

まだ停電中ですが。


家屋倒壊したり
家が流されたり
命を落としたり

そんな方々が
多い中

私は幸せ者です。

運が良い

それしか
言えないですね。


数キロ東に行くと
そこは
津波の被害地域。


今もまだ
余震が続き
救急車や
消防車の
サイレンが
鳴り響いて
います。


自分の布団で
眠れる幸せ

暖かい
飲み物を
飲める幸せ

ご飯を
食べられる
幸せ



綺麗な
夜空を
見上げながら
小さな幸せを
噛み締めて

明日も
頑張って
元気に
過ごします。

悲しんで
ばかりいては

前へ進めないしね。


ミーナPower
発動しますよアップ



まだ連絡が
取れない
友人や知人が
多くいます。

無事で
あることを
願ってます。

名取市
閖上地区で
孤立していた
伯父が来ました。

今日やっと
救助されたと。

近くの
公民館へ
避難して
いたけど

公民館から
中学校へ
避難の移動
していた方々が
津波に
飲み込まれた
ようです。

名取市は
私の実家があり
閖上地区に
伯父伯母に
親戚や知人が
多く住んで
いましたが

閖上地区は
全て流されて
しまいました。

伯母は
私の実家へ
泊まることに
なりましたが

伯父は
ご近所の
おばぁさんが
いるから
心配だと言って
避難所へ
戻りました。


目の前で
自分たちの
家屋や車が
流されていくのを

そして
流されていく
人々までも


ただ、ただ
見ているしかない。

まだ
なにが起きたのか
分からないと
言ってます。

全国各地から
救援隊が
到着しており
感謝です。

伯父が携帯で
津波が
来た瞬間の
写真を
見せてくれました。

すごい写真で
心が苦しく
なりました。





携帯は
繋がりません。

時折繋がるので
その合間に
ブログを
書いてます。

メールは
なんとか
1日2回程度
受信できるかな。

通話は
ほぼ出来ないと
思ってください。


また
更新出来る時には
更新しますね。

昨日、
うちの実家に
お茶飲みにきた
ばぁちゃんの
家です。


タイム日記-201103121134000.jpg


今朝の
河北新報に
水没した
叔母の家が
載ってました。



ずーっと
揺れてます。
災害の悲惨さが
浮き出てきました。

現場は
情報がなく
携帯の
ワンセグが頼り。

充電しなきゃないから
付け続けることは
できません。

津波も
近くまで来てるのに
全く
分かりませんでした。

まさか
こんなトコまで…

と思いましたよ。


停電のため
乾電池が
不足してます。

電気屋さんへ
来たら
乾電池を
無料で
配ってました。
義援金(募金)
として
募金してきました。

我が家は
水道だけは
大丈夫なので
ストーブで
お湯を湧かし
顔を洗ったり
してましたが

寒いので
辛いです。

お風呂にも
入れず
体は冷えてます。

まだ車があるから
時々車で
暖をとってますが

高齢者は
どうすることも
できません。


救助を
待つ方々からの
連絡を
救護隊へ
連絡するのが
精一杯。

まだ動けるから
私に出来ることを
やっていきます。

電気はストップ

真っ暗闇の
街になりました。

実家の家の中は
めちゃめちゃ

実家近くでは
家屋倒壊

幸いにも
家屋倒壊した
家主が
私の実家に
お茶のみに
来ており
無事でした。

携帯ワンセグで
テレビを
見たら
またまた
びっくり!!

津波が近くまで
来ていたのですガーン

津波被害のある
仙台空港は

私の実家から
車で10分だし

海の近くには
叔母の家も
あります。

叔母は
嫁行った
娘宅へ
遊びに行ってて
無事でした。

千葉に住む
叔母からも
連絡あり

千葉でも
被害があったとか。


全国各地の
友人から
多くのメールを
いただきまして

ありがとう
ございます。

私は無事ですが
亡くなられた方や
行方不明者もおり
心が痛む思いです。


実家の母は
民生委員を
しているので
一人暮らしの
高齢者や
障害者の
後片付けの
お手伝いに
行こうと
思ってます。


片付けの
ボランティアが
必要と思われますが

たぶん役所などで
受け付けるでしょう。


どこも
受付ないならば
私まで
連絡くだされば
私と一緒に
片付けまわりに
お願いをしたいと
おもいます。

家屋が
倒壊してなくとも
家の中は
凄まじい
状況です。


宮城県沖地震
それ以上の
凄まじさ。

まだ余震が
続いている
夜です。