というわけで、叔父さんの話。


つい先日、父の弟である叔父さんが亡くなった。

 


父の2歳歳下で真ん中っ子の元パイロット。


ラジコンと車の運転が好き。


恰幅が良くて怖そうな見た目だけど


いつも冗談ばかり言ってて面白い叔父さん。


美人な奥さんと結婚した美人な姉妹のお父さん。




自分が小さい頃、大きな体に大きな袋をもって

プレゼントを配ってくれた。


猛烈にサンタさん!!!を感じたのを覚えている。



自宅の電話で我々子供たちがでると、

「私は、誰でしょう?」

「◯◯おじちゃん!!!」

というやりとりが定番。


このやりとり、大好きだったな。



娘さんたちが大きくなってお盆や正月には

一人で実家(我が家)に来ることが増えると、

父と囲碁をして、煙草を吸って、

「瓜の漬物とそばが食べたい」

なんて言ってるイメージ。



飾らない言葉と見た目から、

少し怖く感じるんだけど、



姉の結婚式には

「◯◯ちゃん泣かせたら、許さないからね」

「とっても素敵なレイディになったね」

なんて、格好良い言葉。


節々に自分たちを想ってくれることを

感じさせてくれる人だった。



つい数年前には、海の見える素敵な家を買った

と連絡があった。

すごく一人暮らしを満喫していた。



そこからすぐに体調を崩し入退院。

持病が発覚し、療養中に肺を患ってしまい、

救急車で運ばれた。


緊急で病院から連絡がきて家族で駆けつけると、

苦しそうに酸素を送られながら、

それでも目はいつもの叔父さんで、

会話はできなかったけど意識ははっきりしてて、

「そんなに皆集まってきたら、まるで

死んじゃうみたいじゃん。」

なんて言いそうな顔をしていた。


退院したら絶対言うだろうなって思った。

それくらいはっきりしていた。




病室から我々は退出を促されたその1時間後、

叔父さんは息を引き取った。




さっきとは全然違う顔で

本当に魂が抜けてしまっていて

叔父さんはもういないことがすぐわかった。



同じ人なのにこんなに変わってしまうものか

と思った。

その事実よりも、娘さんたちの泣き声に

胸が苦しくて涙ぐむ。

なかなか実感はできないものだ。



自分は割りかしあっさりしていて、

情緒が欠けているというのか、

病院からの知らせを聞いても冷静だったし


亡くなってしまった後も

叔父さんの家の掃除を手伝ったり

結構淡々とできたんだけれど。



こうして記憶を辿るとなんとも寂しい。

その人との記憶の更新や接する可能性がなくなる

ということは、

こんなにも淋しい。




叔父さんの家に亡くなって初めて訪れたが、

やはり抜群のロケーション。

カフェだった建物を買い取ったようで、

旧店舗はラジコンの工場になっていた。



海を眺めながらネジを回して色を塗って


最高じゃん。



部屋はとても片付いていて、こんな几帳面な

人だったんだという新しい発見をした。


あ、最後までメダカの心配をしていたな、

(筆談でメダカの餌を心配してた)

と思って確認したけれど、とても元気に泳いでいた。



自分の父は綺麗好きだけど割と大雑把。

結構俗なものが好きだし、

信仰とかはあまりしないタイプ、だけど


叔父さんの暮らしぶりを想像すると

心身ともに丁寧な暮らし

が伝わってきて


顔は似ているのに随分違うものだなぁ

と思った。




素敵なジェントルマン、

ゆっくり休んでくださいね。




せっかくの備忘録。

忘れたくないことが書けてよかった。