ノストラダムス 第1章67番
大飢饉の接近を予感する
そいつはしばしば道を変え、やがて世界全体をおおうだろう
広い範囲をいつまでも荒らしまわり
やがて木を根っこから、子供を乳房から引きぬくだろう
(山根和郎訳)
大飢饉について我は悟る、それが近づき、
しばしば向きを変え、やがて世界的なものとなるのを。
余りにも大規模で長期に渡るから、引き抜かれることになるだろう、
木から根が、乳房から幼子が。
(ノストラダムスの大事典の訳)
大飢饉は近づきつつある予感、
頻繁に向きを変えては、あまねく世界に広まらん。
そは大規模にして永きにわたるゆえ、もぎ取ることにならん、
木から根を、そして乳房から子どもを。
(高田勇・伊藤進訳『ノストラダムス 予言集』77頁)
では、またノストラダムスの詩の解説に戻ろう。
この詩は、全部の行が大飢饉について述べられている。
2行目と3行目、
そいつはしばしば道を変え、やがて世界全体をおおうだろう
広い範囲をいつまでも荒らしまわり
この大飢饉は世界全体に広まり、しかもかなり長期に渡って起きる、というから2016年の7月から始まる大飢饉について述べたものだろう。
研究者の中には、相変わらずこの大飢饉も、
「どこかの時代の特定の地域の飢饉を予言したものに過ぎない」
と解釈する人が多い。
要するに「他人事であり、自分達とは関係無い予言だ」とたかをくくっているのだ。
だが、「世界全体を、世界的な、あまねく世界に広まらん」
と書かれてあるのだから、特定の地域の飢饉を予言したものではない。
4行目、
やがて木を根っこから、子供を乳房から引きぬくだろう
「木を根っこから引き抜く」というのは、
「食べられる物は何かないか」と必死に探して、「木の根でも食えるのではないか?」
と思って木を引っこ抜いて木の根までも口にしてしまう、という意味だ。
また「子供を乳房から引き抜く」というのは、
「母親が乳飲み子に乳を吸われては栄養を取られてしまう、と思って我が子を乳房から引き離してしまう。
母親も栄養失調になって乳が出ないのに、それでも乳を吸おうとする乳飲み子を乳房から引き剥がす。」
という意味で、要するに
「これ程酷い大飢饉が起きる。その悲惨さ、惨状は目を覆いたくなる程凄惨を極める」
と言いたいのである。
4日前に取り上げた2-75の4行目に
人間がむしゃむしゃ共食いを始める。
人が人を食べるようになるだろう。
というのがあったが、これと同じだ。
2-75では、「あまりにも飢餓が苦しいので人肉までも食べてしまう」と表現されていたが、
これと同様に「想像を絶する大飢饉が全世界を覆い、凄惨を極める」
ということだ。
今は、グルメだ、飽食だ、ダイエットだ、なんて贅沢こいているが、そう言えるのもあと2年間だ。
これ程酷い大飢饉が、あと僅か2年後に起きるなんて、今の人は信じられるだろうか?
言ったところで「何言ってるの?今の時代にそんなことが起きる訳ないじゃん」
と一笑に付されるだけだろう。
その時になって、本当に大飢饉が起きたら、嘲笑した奴らに、
「ほれ、言った通りになっただろうが。ざ○あ」
と言ってやりたいが。
まあ、今贅沢三昧な生活を堪能しているセレブと呼ばれている金持ちが、その時にどうなっていて、どう思うのか?を想像するのは楽しい気もするが、携挙されてしまえばそれも見られない。
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