2008年9月にハンガリーについて


もう9か月が経ちました。


最初に思ってた綺麗な理由と目標


言葉が通じない環境で自力で生活することで


これから訪れる数々の難関を乗り越える自信を得たい。


私は9か月生きてた。


この国で生きてた。


今年に入ってからの6か月はきついことのほうが多かった。


それは言葉がわかったからだろうか


歩き方がわかったからじゃないだろうか


成長すれば次の障害にぶち当たる


人のせいにして生きてきて


人のせいにして死んで行くんだけど


いつでも私の問題は私の中にある。


だからはんがりーでのこの9か月をいいことだなんて一言で言えないけど


それでもお金を出してくれた両親がいる。


餞別をくれて心配してくれた人がいる


私をいつも大切にして必要としてくれる人がいる。


それが嬉しい。


それを知れた。


寂しさの中にちょっとだけ私が手を伸ばせば


私は腕を切らずに2か月過ごしてる


相変わらず過食はするし


ODもたまにするし


生理も止ってるし全然体調良くないけど


大雪じゃない人にこそ嘘も軽くつけるし


本当のことは大事にしてくれる人にだけ


言えばいいんだって思った。


私はずっとずっと弱い。


中学校の時もっともっと強くなろうとしてた。


高校の時強そうな人に憧れてた。


大学の時弱いってこうゆうことなんだって思った


それでも私は


こうやって少しずつ弱くなりながら強くなって固くなって干からびていくんだろうと思う


そして振り返るとそこには輝かしい残像があって


そこから上がる湯気にあこがれながら消えていくんだと思う。


ハンガリーにきて私は精神的に強くはなれなかった。


より一層常に人を求めた。


だけど、ほんと理想が高い。


なつきレベルの人じゃないと心からリラックスできないし


なつきじゃないと気軽に誘えない。


だからなつきだけは大切にしようと思った。


なつきには正直でいようと思った


正直、今だけわかるこの意味。



結構人のことって冷静に見れてると自分では思ってて


だからこそ自分の事は情報が多すぎてわからないのかなって思うのかも


迷いも全部残ってるから


そう結う点で


むずいーべ。


ね。



穏やかで


いい映画


だったのに


女のからだが気持ち悪い私には


うーっぷす



瞬間が何度もあり


あうあうあうー


ってな感じでした。


のこり


恋空と


じょぜ


じょぜでもみた気がするんだけど。