かねてからの噂どおり、今回のディランの新作はカバー曲集、それもロックンロール誕生以前の時代に歌われていたようなポピュラー・ソングのスタンダード集って…いったい御大は何を考えているのやら。
一般的に考えて、ボブ・ディランというミュージシャンは自作曲ばかりを歌っているイメージがあると思う。しかし意外なことに、ディランはデビューから現在に至るまで、かなり積極的に他人の曲も歌ってきた。
ある資料によると、ディランがこれまでにライブやレコーディング等で歌ってきた人様の曲は500曲以上にも及ぶらしいが、どうもよくわからないのがその選曲の基準である。
つまりそこには音楽的な必然性や脈絡をほとんど感じさせず、ハタから見ていると単にそのときの気分で歌いたい曲を歌っているようにしか思えない。
例えば、現在も進行中の「ネヴァー・エンディング・ツアー」では、これまでに以下のような曲が歌われてきた。
「ハートブレイク・ホテル(エルヴィス・プレスリー)」
「ウィリン(リトル・フィート)」
「冬の散歩道(サイモン&ガーファンクル)」
「ダンシング・イン・ザ・ダーク(ブルース・スプリングスティーン)」
「ブラウン・シュガー(ローリング・ストーンズ)」
「ブラック・マディ・リヴァー(グレイトフル・デッド)」
「幼な子モーセ(カーター・ファミリー)」
「オールド・マン(ニール・ヤング)」
「マイ・ヘッズ・イン・ミシシッピ(ZZトップ)」
「ヘイ・ジョー(ジミ・ヘンドリックス)」
「ビッグ・リバー(ジョニー・キャッシュ)」
「シーズ・アバウト・ア・ムーヴァー(サー・ダグラス・クインテット)」
「アイ・キャント・ビー・サティスファイト(マディ・ウォータース)」
これはほんの一例に過ぎないが、この節操のなさはどうだろう。にしたって普通「冬の散歩道」や「ブラウン・シュガー」を歌うだろうか?
繰り返すが、そこには「自分が歌いたい」という以外の音楽的な目的はなく、その結果、ディランの歌うカバー曲は、ほとんど無法地帯と化している。(その最たるものが、5年前にリリースされたクリスマス・アルバム「クリスマス・イン・ザ・ハート」ではないだろうか)
そこで今回の新作である。ようするにディランが、今、歌いたい曲は大昔のスタンダード・ナンバーということなのだろう。
全10曲で収録時間がわずか35分というのが、アナログ時代を彷彿とさせる。
日本盤のライナーノーツを読むと、ここに収録された楽曲は、すべてフランク・シナトラが過去にレパートリーにしていたものらしい。
つまりこのアルバムは、ディランによるシナトラへのトリビュート・アルバム的な側面を持っているともいえるが、きっと「SHADOWS IN THE NIGHT」というアルバム・タイトルも、シナトラの「STRANGERS IN THE NIGHT(夜のストレンジャー)」にインスパイアされたものなのだろう。
ディランとシナトラというと、シナトラの80歳の誕生日を祝うトリビュート・コンサートにディランが出演したのを、以前、テレビで見た記憶があるが、今年2015年はシナトラの生誕100周年にあたるらしいので、あの放送はもう20年も前のことになるのか。
そのときのコンサートで、ほとんどの出演者が月並みな挨拶に終始する中、無言でステージ登場し、歌い終えたあとに一言だけ「Happy Birthday Frank」とだけ言って去っていったディランが、やたらカッコよく見えたのを覚えている。
これもライナーノーツの受け売りだが、ディランとシナトラの二人がが親しく交流していたことはほとんど知られていなかったが、ディランはシナトラの大ファンであり、折りにつけ、シナトラからよくアドバイスを受けていたらしい。
今回、ディランによって歌われた楽曲を、シナトラのバージョンと聴き比べをしてみようと思い、自分が持っている10余枚のシナトラのCDをすべてチェックしてみたのだが、見事なまでに今回「シャドウズ・イン・ザ・ナイト」で歌われているナンバーは、一曲も収録されていなかった。
この時代のポビュラーミュージックに、それほど詳しいわけではないが、このアルバムは、聴きこめば聴き込むほど心に染みる「歌心」に溢れている。
どうせやるならとことんまでというのが、ディランという男なのだろう。今回の作品では、近年のやさぐれたボーカルを封印し、のびのびとしたクリアな歌声を披露している。
アルバム全体の雰囲気は、それこそ50年代にリリースされたシナトラの傑作バラード・アルバム「IN THE WEE SMALL HOURS」や「FRANK SINATRA SINGS FOR ONLY THE LONELY」あたりを彷彿させ、陰影美のある儚いラブ・ソングを歌っているのだが、夜な夜な聴いていると思わず聴き入ってしまう。
昨年の来日公演を観たときにも感じたが、正装してスタンドマイクの前で歌うディランの姿は、ロックスターというよりもジャズ・シンガーのようであり、このアルバムもジャンルとしてはジャズ・ボーカルということになるのだろう。
こういう作品が、一般的なロック・ファンに受けるとはとても思えないし、また多くのディラン・ファンも困惑しているに違いないだろうが、個人的にはこういうディランも悪くないと思う。
いろんな意味でディランの作品には驚かされることが多いが、ブートレッグ・シリーズを含め、はたして次に登場する新作の内容はいかなるものだろうか。
一般的に考えて、ボブ・ディランというミュージシャンは自作曲ばかりを歌っているイメージがあると思う。しかし意外なことに、ディランはデビューから現在に至るまで、かなり積極的に他人の曲も歌ってきた。
ある資料によると、ディランがこれまでにライブやレコーディング等で歌ってきた人様の曲は500曲以上にも及ぶらしいが、どうもよくわからないのがその選曲の基準である。
つまりそこには音楽的な必然性や脈絡をほとんど感じさせず、ハタから見ていると単にそのときの気分で歌いたい曲を歌っているようにしか思えない。
例えば、現在も進行中の「ネヴァー・エンディング・ツアー」では、これまでに以下のような曲が歌われてきた。
「ハートブレイク・ホテル(エルヴィス・プレスリー)」
「ウィリン(リトル・フィート)」
「冬の散歩道(サイモン&ガーファンクル)」
「ダンシング・イン・ザ・ダーク(ブルース・スプリングスティーン)」
「ブラウン・シュガー(ローリング・ストーンズ)」
「ブラック・マディ・リヴァー(グレイトフル・デッド)」
「幼な子モーセ(カーター・ファミリー)」
「オールド・マン(ニール・ヤング)」
「マイ・ヘッズ・イン・ミシシッピ(ZZトップ)」
「ヘイ・ジョー(ジミ・ヘンドリックス)」
「ビッグ・リバー(ジョニー・キャッシュ)」
「シーズ・アバウト・ア・ムーヴァー(サー・ダグラス・クインテット)」
「アイ・キャント・ビー・サティスファイト(マディ・ウォータース)」
これはほんの一例に過ぎないが、この節操のなさはどうだろう。にしたって普通「冬の散歩道」や「ブラウン・シュガー」を歌うだろうか?
繰り返すが、そこには「自分が歌いたい」という以外の音楽的な目的はなく、その結果、ディランの歌うカバー曲は、ほとんど無法地帯と化している。(その最たるものが、5年前にリリースされたクリスマス・アルバム「クリスマス・イン・ザ・ハート」ではないだろうか)
そこで今回の新作である。ようするにディランが、今、歌いたい曲は大昔のスタンダード・ナンバーということなのだろう。
全10曲で収録時間がわずか35分というのが、アナログ時代を彷彿とさせる。
日本盤のライナーノーツを読むと、ここに収録された楽曲は、すべてフランク・シナトラが過去にレパートリーにしていたものらしい。
つまりこのアルバムは、ディランによるシナトラへのトリビュート・アルバム的な側面を持っているともいえるが、きっと「SHADOWS IN THE NIGHT」というアルバム・タイトルも、シナトラの「STRANGERS IN THE NIGHT(夜のストレンジャー)」にインスパイアされたものなのだろう。
ディランとシナトラというと、シナトラの80歳の誕生日を祝うトリビュート・コンサートにディランが出演したのを、以前、テレビで見た記憶があるが、今年2015年はシナトラの生誕100周年にあたるらしいので、あの放送はもう20年も前のことになるのか。
そのときのコンサートで、ほとんどの出演者が月並みな挨拶に終始する中、無言でステージ登場し、歌い終えたあとに一言だけ「Happy Birthday Frank」とだけ言って去っていったディランが、やたらカッコよく見えたのを覚えている。
これもライナーノーツの受け売りだが、ディランとシナトラの二人がが親しく交流していたことはほとんど知られていなかったが、ディランはシナトラの大ファンであり、折りにつけ、シナトラからよくアドバイスを受けていたらしい。
今回、ディランによって歌われた楽曲を、シナトラのバージョンと聴き比べをしてみようと思い、自分が持っている10余枚のシナトラのCDをすべてチェックしてみたのだが、見事なまでに今回「シャドウズ・イン・ザ・ナイト」で歌われているナンバーは、一曲も収録されていなかった。
この時代のポビュラーミュージックに、それほど詳しいわけではないが、このアルバムは、聴きこめば聴き込むほど心に染みる「歌心」に溢れている。
どうせやるならとことんまでというのが、ディランという男なのだろう。今回の作品では、近年のやさぐれたボーカルを封印し、のびのびとしたクリアな歌声を披露している。
アルバム全体の雰囲気は、それこそ50年代にリリースされたシナトラの傑作バラード・アルバム「IN THE WEE SMALL HOURS」や「FRANK SINATRA SINGS FOR ONLY THE LONELY」あたりを彷彿させ、陰影美のある儚いラブ・ソングを歌っているのだが、夜な夜な聴いていると思わず聴き入ってしまう。
昨年の来日公演を観たときにも感じたが、正装してスタンドマイクの前で歌うディランの姿は、ロックスターというよりもジャズ・シンガーのようであり、このアルバムもジャンルとしてはジャズ・ボーカルということになるのだろう。
こういう作品が、一般的なロック・ファンに受けるとはとても思えないし、また多くのディラン・ファンも困惑しているに違いないだろうが、個人的にはこういうディランも悪くないと思う。
いろんな意味でディランの作品には驚かされることが多いが、ブートレッグ・シリーズを含め、はたして次に登場する新作の内容はいかなるものだろうか。