A White Countess
日本の邦訳タイトルでは「上海の伯爵夫人」、台湾の邦訳タイトルでは「異国情縁」とつけられたこの映画は、Ishiguro Kazuo の手による脚本、James Ivoryの監督作品である。この映画を初めて見たのはだいぶ前のことだが、最近、台湾のHBOで放送されたのを見て、やはり興味深い作品に思えた。Ishiguroの脚本でありながら、映画化されてみると、濃厚なエキゾチシズムがいたるところに漂い、ときには息が詰まる思いをしながら見ていくしかない箇所も少なくない。すでにいろんなところでも書かれているように、この映画は上海を舞台とするわりには、主役となる中国人が一人もいない。租界で生きる異国の人びとが主役として振る舞うこと自体、植民地主義的であると言わざるをえない。なかでも、主役であるロシア女性の処理がどうしても気になってしかたがない。戦乱のなかを生き抜く女性を、なぜかどこか「シンデレラ物語」として処理してしまっている。英文、日文、中文のタイトルのどれも、このロシアの女性が焦点であると指し示しているのに、主役不在の、あるいは伯爵夫人を支えた恋人の外交官(ラルフ)や、その友人である松田(真田)らの登場人物に主役の座を奪われている。こうしたあまりにも典型的に反転する構造が、この映画を陳腐なものにしていく。
幫幫我愛神 HELP ME EROSros
「幫幫我愛神」は1月11日に台湾全国で上映開始。それまでは、監督の李康生、プロデゥーサーの蔡明亮、そして出演者の一人である女優、Fanny が全国の大学を廻り、講演会を開き、撮影風景やいわゆる<芸術映画>がいかに受けが悪いのかという、今日の台湾映画界の苦労話など、ざくばらんに大学生たちを相手に、淡々と話してはチケットを売りさばく。
思うに、蔡明亮は、行脚監督である。
彼が話したように、世界で認められ、数々の賞をもらっても興行によい影響を与えるわけではない。台中の三越デパートの14階にある映画館でこの映画を観た際、観衆の数は実に予想以上に少なかった。<芸術映画>は逆に敬遠される口実すらなると。その悲哀の背後には、芸術家蔡明亮の意地がある。
思うに、蔡明亮は、行脚監督である。
彼が話したように、世界で認められ、数々の賞をもらっても興行によい影響を与えるわけではない。台中の三越デパートの14階にある映画館でこの映画を観た際、観衆の数は実に予想以上に少なかった。<芸術映画>は逆に敬遠される口実すらなると。その悲哀の背後には、芸術家蔡明亮の意地がある。
Elizabeth Town
この映画を観たのは、台湾に戻ってからのこと。たまたまケーブルテレビで放送されているのを見つけて何気なく観た。映画の出だしから主人公の悲惨な?とでも言えるような出来事が相次ぎ、それからはロードムービーのお決まりの旅で。しかし、私がもっとも気に入っているのは、登場人物の悲しみよりも、主人公のために、その女ともだちが作ったスペシャルマップのこと。いつか、私も友達のために、そのような、スペシャルマップ、台湾あるいは台中のスペシャルマップが作れたら、どんなに素敵だろうか。その日がやってくるまで、台湾や台中のいろいろな素敵なところをたくさんみようとおもう。