杉原千畝に関する展示会を見る機会があり、以降、興味を持ち手に取る。
外交史料館に勤める著者が”発掘”した数々の資料の断片を繋ぎ合わせて、
”人道主義者”だけでは語り切れない杉原千畝の姿を描き出す。
ただ人道的な精神に富んでいるだけでは、これだけのことをなし得ることはできず、
複雑な国際情勢の中、冷徹に国益の最大化のために最善解を導きだす能力、
実行のために半ば本庁の意向に逆らいながらも、ビザを無効にしないための官吏的能力。
そうした”能吏”、”情報士官”の一面があって、はじめてあの規模のビザ救済が実現できたことがわかる。
また、杉原の狙い通りになった、と言っていいのだろうか。
彼のビザに救われたユダヤ避難民たちは、実際に、その恩を忘れることなく数10年たった後でも彼を見つけ出して顕彰し、その事実は少なからず、その人々と日本の友好の礎になっており、国益にも利している。これがほかの集団であったならば、ここまで語り継がれ、現在の私たちが知りうることに至っただろうか。
それも含んでの救済の決断だったのであれば、その先見の知性にはなお驚きを禁じ得ない。
主題からは外れるが、杉原のような現場に通じる能力のある能吏を積極的に戦略的な地に赴任させる当時の外務省の戦略性に、意外な印象を受けた。
大戦時、判断を誤らぬようにするだけの情報を中央は現場から報告されていた。
(それらの多くは現場の多大な努力や危険と引き換えに得られたもの)
にもかかわらず、それらは判断時に重要視されず、結果的には誤った選択がなされた。
正しい情報がなかったのではなく、あったけど参照されなかった、生かされなかった、というところに、情報に生きた杉原たちの無念の思いを感じる。
また、これらは他人事でもなく、また日々の企業の経営判断でも同じように起きていることではないだろうか。