きのう7月29日、夕食に冷酒をあおったせいか、眠たくなったので早めに9時前に布団に入った。

シラベカンガという老人が出てきた。夢の中にだ。この人は、保守界隈では有名な人だそうで、わたしはよく知らないが、以前20年くらい前にちょっとだけ交流があった。過去にも数回、夢に現れてきたことがある。

本のページが見せられ、文章がびっちりと書き込まれていた。歴史とか通州事件についてだった。それをわたしのハートに伝えてきた。あまりに大量に送りつけてくるので苦しくなり助けを呼んだ。

すると、60くらいの女の人が出てきた。後ろ姿や横顔しか見えなった。知らない人だった。髪はすべて後ろに流し束ねていた。温和な感じで非常に知的であるが控えめな雰囲気があった。

わたしは大量に伝えられる情報に喘ぎながら尋ねた。

「あの、だいたい、どうしてカンガさんは、カンガさんと言うのですか?」

起きている時にこんな問いを抱いたことはない。

カンガは本名の「ひろまさ」の音読みで、仏教界ではよくやることのようだ。それで寺の住職だった彼も通常はカンガで通っていた。

「考えないのカンガだ。あたしは、考えるのは好かん」

と女の人は言った。

解る。理性であれこれこねくり回しても堂々巡りで答えが出ない。理屈で考えずに直感で答えを得るというか、答えのところに居るというか、無から答えを創り出すというか。ともかく、理屈では答えは出ない。仏教や密教の間ではそれを良しとする派もあるのだろう。考えるのが嫌い。

はあはあ息をしながらわたしは言った。

「でも、わたしからすると、カンガさんは考えているように思いますけどね」

そう言ったところで目が覚めた。

女の人が何か答えたか、横顔だけが記憶に残っている。今のは何だったのか。布団の感触が蘇ってきた。息苦しさはそのままだった。あまりに不思議な夢だったので、布団を抜け出し妻のところに行った。11時半くらい、妻は子供たちと一緒にいた。

「きっと、その女の人、カンガさんのお母さんよ」

と言った。「公家の出なのだそうよ」

「あそう」

カンガえない、のカンガ。

彼についてこんなエピソードは聞いたことがなかった。けれど、「カンガえる」にもカンガがついている。しかしあのカンガさんのカンガは「考える」でなく「考えない」のカンガだったのだ。

カンガさんなりにカンガえるのがカンガえないことなのだろうか?

そんなことを考えてみた。

もしあの女性が母親だとすれば「あんたは、カンガえないからカンガなの」と言い聞かせてカンガさんを育てたのだろうか。

その結果がどうなったのか。わたしにはわからない。

ともかく博識で、彼の書いた日本の近代史を読んだことがあるけれども、よく知っていた。流れも的確につかみ、本筋と合っていたというより本筋そのものではないかと思った。とりわけ通州事件についてのレポートは彼のものしかないほど流通している。亡くなった後も著書は売れ続け、じわじわと日本人の大和魂を蘇らせている。

そんなことを思っていると妻が口を開く。

「そういえば、今日は通州事件のあった日だよ」