いや。ここは寄り道をせずに先に進もう。
床に空いた穴を指した。
「ああ、ここか、ここは多分、前に住んでいた者が井戸を掘ろうとして断念したんだろうな」
「いや。待てよ」ジョルジュがニヤニヤしながら顔をあげる。「かわやだったかもしれんな。」
ちょっと驚いた顔をしたわたしをじっと見る。
「もしや、もう飲んだか?」
わたしは黙ってうなづく。ビービーという音を立てながら。
「どれ、さっそくこれを飲んでみないか?」
言いながらテーブルのエリキシールの小瓶を取って手渡してきた。コイル栓を抜き、口元にもっていった。水銀が入っている、と直感した。飲むか飲まぬか、一瞬ためらったが、ジョルジュを見てニッコリ微笑むと半分ほど流し込んだ。
「どうだ?」
ジョルジュは椅子に腰を下ろしながらきいた。水銀の効能は定かでなかった。ペストに使われることもあったし、それこそ親方の言う“フランス病”にも試された。快癒した話は聞いたことがない。場合によってはむしろ別の症状をもたらしていたと思われた。不老不死の肉体と全知全能の霊体をもつための『賢者の石』合成をもくろみ錬金術師たちは盛んに用いた。賢者の石生成の要素として彼らが空想した“水銀”の名が水銀には与えられていたが、医者が気休めとして出す大理石の粉末や黴の生えたチーズなど偽薬の方がよほど効果があるように思われた。治癒にあたっては、イエスと十二使途とその取り巻き連中によって創り出された絶対的信頼場における『暗示的陽電思考』とでも呼ぶべき絶対的信念の効能に勝るものはない。
ともあれこの時代、庶民とそれに呼応した医者も腹を下し体にある穢れた物を全部出してしまえば病気は治ると信じていた。下痢を誘発する物質が“薬”ということになっていた。
直観的に水銀は猛毒であると知っていた。が、ジョルジュのまごころを無下にはできない。わたしは胸のあたりをさすり、なんだか効いてきたようだ、という素振りで下唇でうわくちびるを押し上げた。それから、満面の笑顔をたたえ残り半分を飲み干した。どこの馬の骨か知れないわたしに長年に渡り世話を焼いてくれて嬉しかった。ジョルジュのまごころが体中にしみわたっていくのを感じた。
