バイデン政権も自由貿易協定に及び腰/自由貿易がアメリカ製造業に不利な理由 | 上下左右

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台湾の早期TPP加入を応援する会の代表。
他にも政治・経済について巷で見かける意見について、データとロジックに基づいて分析する・・・ことを中心に色々書き連ねています。

過去記事[バイデン政権発足/国際協調主義への転換もTPP加入はイギリスが先行]にも書いたとおり、バイデン政権になって早々にパリ協定への復帰やWHO脱退撤回など国際協調路線へとしましたが、TPPを含む自由貿易協定への参加は当面見送るようです。
トランプ政権から政権移行して大統領令を連発するなど前政権からの違いを全面に出してはいるものの、色んな意味でギリギリだった大統領選を踏まえアメリカ国内の製造業および労働者保護の方針は継続するということですね。
しかし、アメリカは大量生産・大量消費の本場、発祥の地と言ってもいい国であり、アメリカこそ自由貿易の進行で製造業が恩恵を受ける国ではないかと不思議に思った方もいるのではないでしょうか?

○大量生産システムの確立
アメリカの大量生産システムを確立させたのは、アメリカ自動車ビッグスリーの一つであるフォード社の創業者であるヘンリー=フォードが1910年頃に開発したフォードシステムによるものが大きいと言われています。それまでは一つ一つの製品について一人一人の職人が製造のあらゆる行程を担当していたのですが、フォードはベルトコンベアーを導入して分業体制を導入し、一人の職人が持ち場から離れずに一行程のみを担当するという方式に変えました。これによって移動のロス削減や技術者の習熟度の向上が進み、一気に効率化が進みました。
もう一つ大きな変革は製品の標準化で、フォードはフォードモーターズで作る自動車をT型フォードという1車種だけ、しかも色も黒のみとしました。効率性を高めるために製品・部品の標準化、規格化を進め、作るものを一種類に集中させたということですね。
このフォードシステムにより効率化と大量生産が進み、フォード社のT型フォードは価格競争力を高めて一気に自動車のシェアを獲得し、他の製造業もフォードシステムを導入することでアメリカは大量生産・大量消費の発祥地としての地位を確立しました。

○フォードシステムの弊害
ところがそこから数十年が経過し、ベルトコンベアー方式は世界中に浸透し、フォードシステムの両輪のうち強みの一つはなくなりました。そしてもう一つの強みであった製品・部品の集中がアメリカ製造業の足を引っ張ることになっています。
いくら自由貿易が進んでも、国によって需要性向は違います。例えば自動車を巡る環境では、アメリカと日本では道路の幅も駐車場の大きさも運転距離も違いますので、アメリカでは大量の荷物や人員を運べる大型車が人気になり、日本は小回りの効く小型車の需要が高まります。そのため日本の自動車メーカーは日本国内向けには小型車を製造し、アメリカ向けには大型車を製造します。ところがアメリカの自動車メーカーは最大需要であるアメリカ国内向けの大型車を製造し、それをそのまま国外への輸出に回そうとします。
日本の自動車メーカーは日本で軽自動車が売れているからといってアメリカ向けに軽自動車を輸出しようとはしませんが、アメリカの自動車メーカーはアメリカで大型車が売れているなら日本向けにも大型車を輸出しようとするのです。何故ならアメリカは世界最大の内需国であり、アメリカのメーカーにとって最も自動車が売れるのはアメリカ国内向け製品なので、製造を集中するべきはアメリカ国内で需要の高い製品となるからです。
アメリカ以外の国にとっても世界最大の消費国であるアメリカ市場は極めて魅力的なので、どこの国のメーカーもアメリカの需要を調査してアメリカ向け商品を開発・製造しますが、アメリカはどこの国に対してもアメリカ国内と同じものを製造するため、自由貿易が進むとアメリカ国内の需要をつかんでいる外国メーカーの製品の輸入が拡大する一方で、輸出先国の需要をつかんでいないアメリカメーカーは輸出を拡大させることができず、結果として貿易赤字が拡大することになるのです。

○アメリカがフォードシステムから脱却できない理由
アメリカが貿易赤字を減らす方法は簡単で、アメリカメーカーが輸出先の需要を把握して、需要に則した商品を開発・製造すればいいだけのことです。しかしアメリカは各メーカーにそれを要求せず、貿易相手国の国内規制を変更させるなど強引に相手国の需要を変えようとさえします。法規制も需要を創出する要素の一つですが、当然それだけで輸出が増えることにはなりません。
では何故アメリカは輸出先の需要に則した商品を作らないのか。理由は2つあります。
一つは前述のとおり、アメリカが世界最大の内需国であるということです。アメリカの貿易依存度は20%を下回っており、 世界屈指の低さとなっております。


当然ながら自動車の販売台数もアメリカ国内の方が圧倒的多く、2017年のデータでは国内新車販売台数1723万台(輸入含む)に対し、輸出台数は284万台と約1/6に過ぎません。仮に輸出が倍増しても国内販売台数の1/3にしかならないのです。同じ年の日本国内の新車販売台数が519万台で日本の輸出台数が471万台だったことを考えると、違いがわかりやすいかと思います。
つまりアメリカの自動車メーカーにとって輸出マーケットは国内マーケットよりも重要度が低いため、国外向け製品の開発は後回しになっているのです。
もう一つの理由は『国内向けに製造したものがそのまま国外でも売れている』商品が存在していることです。具体的にはマイクロソフトやアップル社の商品ですね。
これらの商品の特徴として、①(少なくとも販売当時は)先駆的であり大きな国際シェアを獲得していること ②情報通信に関する商品であること の2点が大きいと思われます。つまり先駆的であるがゆえに消費者がその製品に慣れているため他社の製品を使いづらくなったり、システムの相違で通信相手とコンタクトが取れなくなる事態を避けるために市場占有率が高い製品を使うというということです。
テスラが他の自動車メーカーと同じ道を辿るか、あるいは先駆的製品として世界に君臨するかですが、自動車に本質的に求められる『安全に目的地に到着する』という機能にいかにプラスアルファを付加できるかにかかっていると思います。スマートフォンが単なる携帯電話機器から情報通信端末になったように、単なる電気自動車のままではGMやフォードと同じことになるでしょう。

○アメリカのTPP参加について
こうしてアメリカは国外向け商品の開発に中々乗り出すことができず、自由貿易を進めるたびに貿易赤字が拡大するという事態に陥っています。トランプ政権はもちろんバイデン政権になってもこの状況を解消する方向には進んでおらず、TPPを含む自由貿易協定に及び腰になっています。
先日過去記事[台湾のTPP参加「最も有利なタイミングで正式に申請へ」/イギリス⇒台湾⇒アメリカの連鎖へ] でも書いたとおり、昨年発効したUSMCA(改正NAFTA)の規定により、私はアメリカはTPPに参加しない方が対中包囲網は効果が高くなると分析しています。


具体的には下記のとおりです。
①USMCAの規定により、中国と経済協定を締結するとUSMCA参加国はUSMCAから排除される。
②アメリカがTPPに参加すると、USMCA参加国であるアメリカ・カナダ・メキシコが全てTPPに加入することになる。
③USMCAの排除規定が無意味なものになり(USMCAから排除されてもTPPの繋がりが残る)、カナダやメキシコが中国参加に反対する理由が弱くなる
④アメリカが対中融和的に傾いたときに中国を申請すると反対勢力が弱くなる

よってアメリカがTPPのサプライチェーンに組み込まれることの経済的メリットはあるものの、アメリカのTPP参加を積極的に促すことに賛成はしない立場です。台湾がTPPに参加すれば別ですが。

珍しく長々と書いた割にはさしたる結論もない記事ですが、ご覧になってくださった方の参考にでもなればと思います。