寂しい
寂しい
病気になってから、私は、
とても寂しがり屋になりました。
病気になる前までは、
ひとりでも大丈夫な方だと
思っていました。
何かあっても、ひとりで大丈夫。
誰も心配してくれなくても、
助けてくれなくても、
なんとかやってきたんだから
大丈夫。
そんな自信、自分への言い聞かせを、
持っていました。
でも、病気になって、がらり。
寂しくて寂しくて
壊れました。
うつだと分かる前、
分かってからしばらく、
夜、寝る前になると
どうしようもない不安感、寂しさ、
言葉にできない感情におそわれて、
どうしたらいいのか分からなくて
言葉で言えない気持ちを
夜中に泣き叫びました。
そばにいた母親、主人は、
どうしてあげたらいいか分からず、
ただ、私が落ち着くときを
待つしかありませんでした。
主人は、
どうしようもない私の叫び、
どうするべきか分からない自分、
私からぶつけられる感情の塊に、
苛立ち、歯がゆくなり、
怒りにも似た感情で
部屋を出ていくことが、何度もありました。
私は、それを見て、
余計に辛くなって、
怖くて、
嗚咽しました。
そばにいて欲しいだけなのに。
ただ、ぎゅっと抱き締めて欲しい。
そんなことが言葉にできなくて。
言葉にしても、分かりあうことが
初めのころは難しくて
分かりあえない辛さが、
崩れた心を余計に加速させました。
抑えることがどうしようもできなかった。
振り返ってみれば、
本当に毎日不安で、
いつ暴れるか分からない
自分に気づくこともコントロールすることも
不可能だったその頃は、
私にとって、いちばんの
病気の現れだったのだと思います。
思い返してみれば、
子どものころ、
寂しいと感じた場面を、
今でも鮮明に思い出します。
お母さんに構って欲しくて
でも、お母さんは
義母との関係が大変で余裕がなくて
疲れて横になっているお母さんに、
まだわがままだった私は、
“遊んでよ!”っておっきい声で叫んで
それでも起きてもらえないから、
小さなぬいぐるみをお母さんに
いっぱい投げたりして、
子ども心に、
寂しいのと
悪いことをしてるという気持ちと、
混ざり合って。
そういう“わがままをしてしまった”
場面を思い出す度に、
今でも胸が痛みます。
もうお母さんは、ちっとも
そんなこと気にしてないかも
知れないのに。
もうとっくに、幼い頃の
ただ甘えたかった気持ちだと分かるのに。
罪悪感で苦しくなります。
申し訳ないことをしたと
幼かった自分を責めます。
お母さんを苦しめてはいけない。
という気持ちが、
幼い頃からずっと、今も、
変わらず強く、
私の心を縛ることがあります。
溜めてきた寂しさは、
消えてたんじゃなくて、
ずっと心の奥底で、
我慢して声を出さずに、
出ていける時を待っていたのかな。
そんな風に、感じます。
主人が毎日仕事が遅くまであり、
寂しいです。
今日も、休日出勤。
寂しい。
早く帰ってきて欲しいな。
でも寂しいをぶつけるんじゃなくて、
仲良く過ごせるように、
上手に気持ち、伝えられたらいいな。
寂しい気持ちを
少し、吐き出したくなって。
このひとりの時間を埋めたくて、
書いています。
寂しいを、ひとりで上手に
埋めれるようになりたいのにな。