そしてその日は、何の前ぶれもなくまったく突然にやって来たのだった。妻の母親は、4月頃から体調を崩して疲れが取れないと言う。ひょっとしたら病気なんじゃあないかしらとさる大きな病院で精密検査を受ける事になったのだった。
案の定、検査の結果は、私たちが思っていた以上に、イヤ予想を遥かに超える程に酷かった。生前は、あまり人には言わないでほしいとは言っていたが今となっては、もうそれも気にしなくていいと思います。
 彼女の母親は重度のガンでした。病状は第4ステージまで進行しており担当医が言うのには、多分もう助からないだろう、病気の進行が早く持ってあと半年から8ヵ月くらいでしょう、抗癌治療で辛く苦しむよりは、好きな事していい気分でいる方がいいですよ。となんだかサジを投げられたような気分のまま母は、妻と一緒に三重県に帰って行った。
 こう言うと私んちから三重県の家へ帰って行ったように聞こえるけれど、彼女の母親とは会ってもらった事が無いし話しをした事もどんな人でどこに住んでいるのかも知らないのでした。女手一つで育て国立大まで出したのに何処の馬の骨かわからない稼ぎもロクになく娘まではらまされて帰って来たら、それにカードの借金もねえ、そりゃあ普通なら怒るどころかコテンパンに行かれて当然だと思います、ハイ。
 だからお母さんには頭が上がらず、奥さんの事を、考えるとかわいそうでもう泣けて泣けてね!
 その当たりからかな、看病で付きっきりだし、島にも段々と帰ってこなくなったのでした。彼女の気持ちを、考えると何も言えなくなってしまっていた。
 そうこうするうちに彼女の母親が亡くなっていたことがわかったのは、それから3週間ほどして友達から聞いたのは、母親が亡くなってしまったことと届いた手紙の中身は、緑の縁取りがありました

。メンタワイは、ライフルズでフルレールでのラウンドハウスカットバック!