「あれ?怒ってる?」



彼の人の冗談に何も返さず俯いたままの私を見て、

神坂先生は悪びれる様子もなく言った。



「じゃあ…おれからひとつ我が儘を言おうかな

 

 おれがどれほど君を思っているか

 それを君に知ってほしいからね」



いつの間にか先生の声は、

大人の男の人のそれになっていた。


さっき屋上で聞いたそれと同じ。



これから何が起こるのだろう。



ドキッとした。

これが大人の男か。


先生は、大人の男の人だ。



「君はおれが軽々しい気持ちで

 君に思いの丈を述べたと疑う気持ちがあるんだろう


 まぁそれも仕方ないな

 おれは君に‘付き合おう’と言ってないんだから


 本当に好きなら

 哀しいほど人を愛しているのなら…

 

 立場なんて関係ない

 先生と生徒なんて関係ない


 ‘付き合おう’とそうおれが言うはずだ

 と思っているんじゃないのか」



図星だった。

先生はすべてを分かっていた。


私は先生の眼を見返すことしかできなかった。



「そう思ったらいけないんですか…

 先生と生徒なんて関係ないと思ったら

 いけないんですか!




 …ん…」



「はぁ…せんせぇ…」



少し経って、彼の人の顔が私の顔から離れた時、

彼の人は不敵にも笑っていた。



「おれがこのまま引き下がると思ってるの?

 君をこのまま諦めるとでも?」



先生は私を抱きしめて

私の耳元でそっと囁いた。



「入試後、君にひとつお願いをしに行く


 聞くか聞かないかは君の自由だ

 君が決めることだ


 本当は君を動揺させたくないから、

 明日入試が終わったあとに言うつもりだったんだ」



「せんせ…」



私はいつになく動揺していた。


どうしてこの人は、私をドキドキさせるのが

こんなにも上手いのだろう?



「明日、入試後、高校の正門前で待ってる


 おれにここまで言わせたんだから、

 明日は満点を期待してるぞ、特に社会な


 あぁあとこれ…手ぇ出して?」



神坂先生はコートのポケットから何かを取り出した。