「だ…抱く…?」
持っていたコーヒーカップをガチャッとソーサーに置く音がした。
おかわりして、半分くらい注がれていたコーヒーが少しこぼれた。
「ということは…、この前先生に逢ったって言ってたよね?
じゃあ…君は……?」
「抱かれていませんよ」
結木はおどけた調子で言った。
デザートの皿はもう空で、結木はミルクティーを飲んでいた。
「残念ながら…ね…」
微笑む彼女は美しい。いや今は彼女に見とれている暇などない。
小暮は頭を振って、結木を見据えた。
「抱かれて、いないの?」
おそるおそる聞き返す。少しホッとしつつ。でも半信半疑で。
「ええ、彼はそれを求めてはいなかった
確かに私は彼と再会しました…だけど、彼が私を抱くことはなかった
今までの話…高校生活のこととか、大学のこと、先生の生活のこと…
そういう取り留めのない話をして、彼とは別れたんです…」
嘘を言っているようには見えなかった。
しかし今までの話から、疑念をぬぐいきれもしない。
彼女は本当は抱かれたのかもしれない。
だけどそれは…彼女と‘先生’の問題で。おれが首を突っ込むことじゃない。
小暮は彼女を問い詰めたい気持ちと、
そんな権利は自分にないという理性の間で揺れ動いていた。
そんな小暮の気持ちを余所に、結木は言葉を続けた。
さらりと。何の前触れも躊躇いもなく。
「だって私は、今先輩のことが気になっていますから
それを先生に伝えたら、‘そうか、幸せになれよ’と笑ってくれたんです
あの人は、約束を反故にした私を責めませんでしたよ」
よくもまあこんなにもすらすらと嘘が言えるものだ。
結木は自分自身に感心しながら言葉を紡いでいた。