きょうは好きな音楽のことについて、呟いてみます。

エビ中さんが数年前にファミえんを行った、富士急ハイランドコニファーフォレスト。
この会場は山梨県の富士吉田市というところにあります。
NHKニュース@nhk_news
防災行政無線のチャイム「若者のすべて」に 山梨 富士吉田 #nhk_news https://t.co/DGoBpeC8k7
2020年07月09日 06:48
そして7月7日からの一週間、ことしも富士吉田市の防災無線のチャイムが、フジファブリックの代表曲若者のすべてに変わりました。彼らの結成の地が富士吉田市で、リードボーカルだった志村さんの誕生日が7月10日。そのタイミングにあわせての企画です。
エビ中も2018年の公演ちゅうおんにて、この若者のすべてをカバーしています。フジファブリックもエビ中の3rdアルバム穴空にてお願いジーザスという楽曲をエビ中にご提供。昨年のMUSiCフェスではトリ前のステージでセルフカバーを聴かせてくれました。
この二組にはそれ以外には大きな目立った絡みはありませんが、それでもつかず離れずで、良い距離を保っているように僕は思っています。

このブログはエビ中のことをメインに色々なことを綴っているものですが、僕自身はエビ中よりもフジファブリックとの出逢いの方がだいぶ早いものでした。
2004年かな。当時の僕はバンドサウンド大好きっコで、アイドルはおろか、女性ボーカルすら避けて通るような視野の狭い人間でした。
深夜まで点けっぱなしにしていたテレビ。CX系のライブ番組FACTORYにて、メジャーデビュー直前の彼らのステージの様子が流れてきました。曲目は前年リリースのアルバムアラモードに収録された花屋の娘。マイナー調でハイテンポで、なんだか不思議な切迫感のある一曲でした。
夕暮れの路面電車
人気は無いのに 座らないで外見てた
暇つぶしに駅前の
花屋さんの娘にちょっと恋をした
花屋の娘の歌詞、歌いだしの部分です。この歌の主人公は、電車の窓から見かけた女の子にちょっと恋をします。
何となくテレビを見ていたぼくも、暇つぶしにこのバンドにちょっと興味を持ってみます。
聴く者を追い立てるような加藤慎一のベースのビート。悲しげな和音が印象的な金澤ダイスケのピアノ。効果的に切り込んでくる山内総一郎のギターフレーズ。どこか悲壮感すら漂ってくるサウンドの中、中心には朴訥としたまま感情の揺らぎを醸す志村正彦の歌声が据えられていました。
恋をしたわけではありませんが、僕はこの花屋の兄さんたちの音楽にいつのまにか惹かれてしまっていたのでした。
どこに行きましょうか?と僕を見る
その瞳が眩しくて
そのうち消えてしまったそのあの娘は
野に咲く花の様
抒情的な歌と楽器隊のアンサンブル。このバンドの描く音像と得難いバランス感が眩しくて消えることのなかった僕は、翌日、新宿のタワレコまで総武線を走らせたのでした。通常棚「ふ」の一角にて彼らのアルバムコーナーが小さく展開されていて、店側が用意したアルバム紹介のポップもついていたように記憶しています。
妄想が更に膨らんで
二人でちょっと 公園に行ってみたんです
かくれんぼ 通せんぼ
ブランコに乗ったり 追いかけっこしたりして
音楽やアーティストをはじめ大切な何かとの出逢いっていうのは、きっとこうやってフッと車窓に現れた景色や人物のように、ちょっとした偶然でひっかかる部分が大きくて。次第に自分に占める色々なウエイトがどんどんと膨らんでゆくようなものだと思うのです。
僕はフジファブリックという花屋の兄さんたちの存在が大きくなって、アルバムが出るたびフラゲで買ってみたり、iPodにて大音量でヘビロテしたり、でも引きこもり気質なのでライブには行かなかったり。そんな日々を送っていたのですが、
そのうち消えてしまったそのあの娘は
野に咲く花の様
多くは語りませんが、
数年後、彼らに寂しく悲しい出来事が起きて、僕は不義理にもその時から彼らの曲を聴くことができなくなってしまいました。

そこから数年経って。僕はやはりたまたま車窓から見かけた別の風景に、ガッと視線を持っていかれてしまいます。
エビ中さんです。今度は正真正銘の花屋の娘さんです。女性ボーカルすら聴かなかったくらいの自分だったのに、いったい何があったんだろう。自分でもよくわからない。
はじめは暇つぶしで、ちょっと恋をしてみる程度の軽さだったかもしれない。
でもやはり自分の中で占めるウエイトがどんどん膨らんで。引きこもり気質だった筈の僕が、彼女らのライブで飛行機に乗ったり、日本中を追いかけっこしたりして。
そしてファンクラブイベントの帰り道。配られた「エビ中センター試験」のビラにて、エビ中さんのニューアルバムの楽曲製作陣の中に、フジファブリックの名前を発見することになります。

ジーザスお願いだ 苦しくて切ない
どうしようもない心の痛み
取り除いて早く いくつでも何個でも
(お願いジーザス)
僕が乗った路面電車は、時をおいてきっとまた同じ駅のあたりに差し掛かったんでしょうね。
ふたたび出逢った(僕にとって)新しくなった彼らのプロダクトであるお願いジーザスは、間違いなくあの頃の彼らの楽曲の延長線上にあるものでした。力強く切れ込んでくる山内総一郎のギターフレーズ。少し悲しくも讃美歌を思わせる荘厳さを纏った金澤ダイスケのキーボードの音色。楽曲に静かに根を下ろす加藤真一のベースライン。大事なものは、なにも変わっていない。
そしてその音の世界には、8人によるボーカルが、しっかりと感情を満たしてくれるのでした。
僕は延長線上でつながったお願いジーザスを聴きながら、きっと、彼はずっとここにいるんだ、勝手にいなくなってしまったのは、僕の方なんだ。なんとなく、そんな感じのことをぼんやりと考えていました。
そして、車窓の風景はまた少しずつ移り変わって、また大きな出来事がありました。

僕の路面電車がもういちどその駅に差し掛かったのは、去年の6月。
夕暮れのMUSiCフェスのステージで、彼らがお願いジーザスのセルフカバー、そして若者のすべてを奏でたときでした。
感情を満たしてくれたのは、彼らの声と音、そしてあの空間にあった全てのものでした。
最後の最後の花火が終わったら
僕らは変わるかな
同じ空を見上げているよ
(若者のすべて)
2009年のあの日から11年。
2017年のあの日から3年。
はじめはほんの暇つぶしのようなものだったのに。
何気なく出逢った風景に何気なく引き込まれて、こうして車窓の景色がまた周回して帰ってくる。
野に咲く花も花屋の娘も兄さんも、みんな表情とか少しずつ変えながら、やっぱりみんな何も変わらないままで、何年経ってもみんな同じ空を見上げているのだろうな。今年もまたこの季節に帰ってきて、そんなことを思うのです。

少し遅れてしまったけれど。
志村正彦さん、お誕生日おめでとうございます。
そして松野莉奈さん、お誕生日おめでとうございます。
少し離れた路面電車の車窓から、ただ眺めているだけの僕ですが。
世の中は少しずつ変わってしまっていますが。
今、君とここにいること。皆とここにいること。
ふたりと皆に教えてもらったことを、変わらず大事にしていこうと思っています。
来年も同じ空を見上げることができますように。

