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考えてる途中。

おもにエビ中の好きな曲のこととかを考えてる途中。
ふしぎと意味のない文章ばかり書きあがります。

本格的に今年の秋が秋だった頃。
週末の夜遅くの音楽番組で、歌ウマアイドルさんを紹介するという特集がありました。
僕らのエビ中さんからは、エモさと技巧のテクニシャンとして柏木さん、パーフェクトピッチの持ち主として安本さんが紹介されました。反響も大きく、彼女らの歌声を聴いてすごいと思った、応援したくなったという声がSNSなどでたくさん見られました。
斯様に、エビ中が長年にわたり一歩一歩積み重ね培ってきた技術や情熱が、こっそりじんわりと世間に認められつつあります。とても素晴らしいことです。

だけど一方でですね、僕はどうしても、どうしてもこの特集に100パーセントのバンザイをすることができないのです。大人げないかもしれないけれど、どうしても言いたいことがあります。どうしてもです。
ふたりに決して負けないくらい、素晴らしい歌を聴かせてくれるひとのこと、僕は知っています。そのひとのことも、しっかり紹介してほしかった…。


そのひととは、もちろん、真山りかさんのことです。
彼女はエビ中の長年にわたる一歩一歩の積み重ねの象徴です。エビ中の技術や情熱の礎です。

ジャンプの諦観にも似た歌いだしで明確に設定された冷たい世界観も。
スウィーテスト多忙で世界一おいしそうに歌い上げられる温かなヴォンゴレも。
キャンディロッガーで見せるうわついた奴らを一喝する信念の言霊も。
春の嵐で桜吹雪の向こうへ踏み出す決意とともに暗転する舞台も。

全てが彼女の歌の力に立脚したもので、彼女を起点にして楽曲の魅力が最大限に引き上げられているもの。そう言っても過言ではないと僕は思うのです。

 

以下、今回は愚痴を続けます。



あの番組め!一体彼女になにが足りなかったというのだ!
大人げない情熱に突き動かされて、ぼくは改めて彼女の過去の歌に立ち返っていきました。

エビ中メンバーの中で、真山さんは最も多くのソロ曲を持っています。
アニメ「アカメが斬る」の主題歌ライアーマスク、カップリングの蜃気楼。イメージCD主題歌のシェンシェンパッションナイトと、イーアルサディスティック。アニメ「コンクリートレボルティオ」挿入歌ハチのムサシは死んだのさ。このあたりがCDや配信で商品化されています。ほかにも下北沢ダイハードというドラマで、劇中バンドの吹き替えで39クラブという英詩の楽曲も歌い上げていますね。
これだけたくさんの楽曲に登用されていること。それは彼女の技術力の高さの証左です。本当に、何が足りなかったというのか。

そんな衝動に突き動かされる中、数年ぶりに1つの楽曲に出逢いました。
2017年に真山さんが参加した、春奈るなさんのミニアルバムに収録されているデュエット曲PURPLE LOVEです。spotifyにもありました。


アニソン然とした賑やかな前奏のあと、まず春奈さんが夢と恋愛について一節歌います。すかさず真山さんが、「わ・か・る!」と同調するように世界に飛び込んできます。そこからは女子ふたりが恋愛トークを通して意気投合してゆくかのような展開で、明るく突き抜けてかっとんでいきます。…あまり僕のようなおっさんの聴く曲ではないな。うん。
まあそれは置いといて、この曲を聴いて感じたことがあります。デュエット曲の繊細さについてです。

この曲でのふたりの関係性は、仲間同士。恋愛話でスウィーティーに盛り上がっている様子が、曲の中から溢れ出ています。デュエットでこれを表現するためには、歌い手同士で、相手の声を活かし合う技量が必要になると思うのです。しっかりと歌いつつも、相手より目立ちすぎてはいけない、引きすぎてもいけない、そんな力のサジ加減があります。

よく考えてみると、デュエット曲ってとても難しい。しかし本職のソロシンガー春奈さんとしっかり対峙する真山さん。これはすごいことだと思うのですよ。パープルラブ、侮れない一曲だ。

・・・ミキシングエンジニアのウデに拠る部分も大きいと思うのですが、ここでは置いときます。

で、ここでフッと気付くのです。
歌を通して見えてくる各人の関係性や信頼感。
そういえばエビ中楽曲の強さってものも、本質はそこにあるんじゃないのかなって。




去年も僕は同じようなことを書きましたが。
今のエビ中は6人のメンバーがいて、各自それぞれ歌声にしっかりとした個性を持っています。エモさと技巧の柏木さん。パーフェクトピッチの安本さん。そして可憐さ奔放さの美怜ちゃん。平和さ長閑さの小林さん。素朴さパワフルさのりったんさん。全てが魅力たっぷりです。そして真山さんは太い声や優しい声を駆使しつつ、しっかりした表現力で楽曲の中枢を作り上げるポジションにいます。

で、もしも歌声に個性が宿っていなかったら。その場合、それぞれの歌が無造作にぶつかりあうと、声はぼんやりと輪郭をなくして聴こえることになります。ただうまいだけの人同士が、なんとなくぶつかった場合も、同様だと思います。

でもエビ中の楽曲では、陸上選手がバトンやタスキを繋ぐように、走り込んだ二塁手がベース上の遊撃手にグラブトスをするように、ストライカーの足が届くギリギリのスペースにサイドバックがクロスをあげるように、丁寧かつ大胆に各自の歌がぶつかりあっていきます。
相手がしっかり受け止めてくれるから、メンバーそれぞれが自信をもって、自分の歌をその場にさらけ出しているのです。だからライブはわくわくして楽しいし、自由へ道連れのMVなどは目が離せなくなるのです。

 

 

これはきっと、6人の信頼関係ががっちりと絡み合っているから出来る芸当です。
誰かの最高到達点に応えるためには、自分も最高を出さなければならない。自分の最高の仕事に応えて、また別の誰かが最高の歌声を聴かせる。歌唱力自体に多少の差はあっても、こうやって皆が正面から歌に取り組んでいくことで、皆が自分の歌声の役割を向上させてゆく。この中学ではそうやって少しずつ、みんなが舞台でのパフォーマンス力が上げてきたのです。

柏木さんも安本さんには、生まれ持った歌の才能があった筈。でもそれが「ただ上手い」という形で埋もれずに、しっかり磨かれて音楽番組で取り上げられるまでに高められたのは、このメンバーの中にいたからだと言って過言ではないと思います。
そして、そのメンバーたちの真ん中でみんなの歌のぶつかり合いをまとめ上げていったのは、ほかでもなく真山さんの力だと思うのです。10年以上休まずそこにいて、確かな技術で歌の輪郭を作り上げ続けてきた。年長の存在として、メンバーを背中で引っ張ってきた。皆が安心して自分の最高の歌を出せる場がそこにあるのは、彼女がエビ中の体幹にあり続けたからだと思うのです。

ジャンプの諦観にも似た歌いだしで明確に設定された冷たい世界観も。
スウィーテスト多忙で世界一おいしそうに歌い上げられる温かなヴォンゴレも。
キャンディロッガーで見せるうわついた奴らを一喝する信念の言霊も。
春の嵐で桜吹雪の向こうへ踏み出す決意とともに暗転する舞台も。

これらはみんなの力を最大限に引き上げるために、彼女が描き出してきたものなんです。


考えているうちに、なんだかモヤモヤしたものが晴れてきた気がします。
柏木さんのエモさと技巧も、安本さんのパーフェクトピッチも、真山を始めとするみんなで10年かけて一歩一歩積み重ね、一緒に磨き上げてきたもの。つまり、ふたりが音楽番組で紹介されたことこそが、真山の歌の素晴らしさを裏付けることでもあるんだぞと。
だから番組で取り上げられなくったって、くやしいことなんて、なんにもあるワケなんかないじゃないかと。真山もファミリーも、ふたりが紹介されたことを自分のことであるように誇っていればいい。胸を張っていればいいだけなのだよと。





でもね、強引にまとめておいてなんだけど、やっぱり寂しいじゃないですか。
だから僕はここで、あの番組が言ってくれなかったこと、みんなが時々瞬間的に忘れてしまうことを、今日ぐらいははっきりと書き留めておきたいのです。どうしてもです。


真山りかさん。

あなたの歌声がなかったら、いまのエビ中はない。
あなたの歌声がなかったら、エビ中は成り立たない。
あなたの歌声があるから、みんながエビ中でいられるんだ。
あなたの歌声があるから、エビ中が認められつつあるんだ。


ちちんぷいで爆裂する微粒子レベルのパワーの塊も、
放課後ゲタ箱ロケンロールで爆散する史上最大の虚勢も、
紅の詩で生命を得たかのように華やかに舞い踊るスカートも、
シンガロンでひとしきり暴れてからの深い深い深い呼吸も、
愛のレンタルでの儚げな表情から仄かに入れ替わる妖しい微笑みも、
イートザ大目玉で世の中を鼓舞するために見開かれた大きな目も、
ノーダウトで一瞬食い止められた世の中の全ての歯車も、
23回目のサマーナイトで全ての人類をやきもきさせたあの7秒間も、


全ての歌が、尊くてなりません。

あなたの歌声は、最高なんだ。
あなたの歌声が、必要なんだ。
あなたがいてこその、私立恵比寿中学。
僕らはみんな、きっとそのことを知っているよ。


真山りかさん、24回目の誕生日、おめでとうございます。
これからも胸を張って、歌い続けてください。

笑顔で、強く、歌い続けてください。


 

 

 

 

といったあたりで、そろそろ寝ますです。

いよいよ大学芸会ですね。

とっても楽しみにしています。

おやすみなさいグー。