超越(人間の知識によるあらゆる経験と理解を超えた状態)についての言葉


超越哲学は物質を重んじるのではなく、超越状態そのものの幸福を重んじる。

それは、超越を体験した一人の人間が、自らの人生においてどれほどの有効性を生きるかを重視する哲学である。

それはほとんど、人間の議論の外側に生きている存在のようなものであり、人間の推論から完全に切り離されている。

人間のあらゆる推論は、どのような形を取ろうとも、超越の中に入ることはできない。


もし私たちが超越哲学を推し進めなければ、この世界は永遠に物質を追い、差別を追い、国境を追い、民族や宗教を追い、富や権力という階級を追い続けるだろう。

そして最終的には、この惑星上のすべての人間が不幸になる。富を持つ者も、権力を持つ者も例外ではない。


だからこそ、人間を物質の追逐や物質的階級から解放できるのは、超越的智視(Trí Thấy)の哲学だけなのである。

知識、学位、さまざまな賞もまた、物質的階級の一種にすぎない。

物質的階級である以上、それは必ず矛盾を生み、不満を生み、やがて人間の認識が十分に肥大したとき、誰もが他者を殺すための毒を生み出せるようになる。

殺戮はあまりにも容易なものとなり、それはもはや道徳の問題ではなく、人間の認識の問題となる。


ランカウイ、2015年11月26日

Aba