The 3stage web master's blog -48ページ目

生死の分かれ道

the3stage管理人のブログ



多目的ホール 第3ステージ オフィシャルサイト管理人 です。



お気に入りだった第3ステージのウッドデッキも、

そこから眺められた庭も 台無しですぐすん



ウッドデッキは、

“ウッドデッキごと” 地面から離れ 浮かんだそうです。


大きいイカダのように。



写真の車が、第3ステージの壁に激突していたら もしかして危なかったかもしれません。

建物ごと 致命傷を負っていたかも。


庭に植えられていた木々に行く手を遮られ、間一髪でしたガ-




車だけじゃなく、

何処かで店舗として使われていたと思われる コンテナも流されて来たとの事。



そんな光景に圧倒され、祈りながら眺めているしかなかったんですから。

自然の力の前に 人間は無力であると、

よく 耳にする言葉ですが、ホントに身をもって知りました。




そうですよ。

おウチが流されて、他のおウチに当たって全壊なんて事だって、

たくさんあったに違いないんです。




津波のあった 次の日、

街で ご遺体を何体か見かけたと オーナーがおっしゃってました。



私も。

地震の直後に会話をした近所の方が 車に乗ったまま津波に飲まれ 流れていくのを見ました。



3月11日に

あんなにたくさんの方が命を落とす事が 運命で決まっていたのでしょうか。

新聞でお亡くなりになった方のお名前が紙面を覆うほど羅列してあるのを目にすると、

未だに信じられない気持ちになります。



惨いです。



ついさっきまで

つい昨日まで

何かの為に ただ一生懸命生きていた沢山の人が そんな運命におかれていたなんて

すぐには受け入れる事が出来ない事実です。



1000年に一度の大震災に 生き残った私達は

とにかくなにかしらの使命が残っているのかも。



これから先 そんな事をいつも胸に抱いていきたいなぁと。

何か辛い事があっても この日の事を思い出して 乗り越える時のココロの支えにしたいなって思います。

とりあえず目の前の事をこなす!!

多目的ホール 第3ステージ オフィシャルサイト管理人 ですクローバー



やっと電気が復旧しましたひらめき電球

お水は3日前に復旧しました。



とにかくこの3週間でライフライン

お水と 電気と ガスのありがたみを 嫌ってゆー程思い知らされました。



お水が復旧した時は、流れていくお水が とてもとてももったいなく感じて、

少しずつ使ったり。



電気が来て、

私の場合は、ネット環境が復旧した事で やっと世の中と繋がったような感覚(?)がして

ホッとしたりしましたDASH!




地震が起きた日から とにかく無我夢中で、とにかく動いてたなって気がします。

(動いていないと寒かったっていうのもあって。)


なんてゆーんでしょう。


興奮状態ってゆーんでしょうか…。


何だか目の前の事を 少しづつでもこなしていないと、

不安な気持ちに襲われたり。


少しづつでも前に進んでいるっていう気持ちが支えになったり。




とにかく。

家財も 仕事も 帰る家も 家族同然のペットも 家族までも

根こそぎ津波に奪われてしまった方も大勢いらっしゃる中で、

店舗だけの被害で済んだオーナーや、

家財だけの被害で済んだ私は、感謝の気持ちを忘れないで生きていかなければと思うのです。


だから 早く第3ステージを再開して、

癒しの場を 皆さんにご提供出来るよう頑張りますアップ

復興の日はきっと遠いけど

the3stage管理人のブログ-Image5871.jpg

the3stage管理人のブログ-Image5201.jpg

あー。
写真が横だぁ〓

携帯からの投稿が不慣れな、多目的ホール 第3ステージ オフィシャルサイトオーナーです。

第3ステージの玄関前と、津波のあった直後の風景を。

車や店舗が津波で流されて来て、激突されれば建物自体の全壊もあったんだけど、それは逃れました。

まだまだ店内に残った泥や瓦礫や、津波に台なしにされた何もかもをやっと外に移動したところ。

泥って物凄く重いんですね。

ふぅー。

地震のあった11日のまさにその時、私は第3ステージのチラシを作っていたんです。

もうすぐ完成!って時でした。

一瞬、宇宙に重力が生まれて、地球が落下したんじゃないか!?ってぐらいの衝撃を受けました。

それから津波が来るまで20分…て確かラジオで聞いたけれど、もっと一瞬に感じました。

パソコンとデータだけを持って、いつでも逃げられるようにした刹那、津波が来る!との家族の声で2階に上がった途端に津波にあいました。

みるみるウチに2階まで到達するんじゃないかってぐらいの勢いで怒涛のように押し寄せる水の塊。流れっていうより塊でした。

2階にいてもあれだけ怖かったんだから、3階まで逃げても足りなくて、屋上まで、屋根の上までと波に追い立てられた人はどれだけ怖かったか計り知れません。

今もまだ、街は、生き残った事が奇跡とさえ思わせる惨状ですが、少しずつでも前に進んでいます。

気持ちも足並みも。

少しずつでも前に進まなきゃと思います。