お久しぶりです。
the thiefベース斉藤正典です。いや、ここでは(仮)ベースと言っておくべきか?(笑)
3年数ヶ月ぶりにthe thiefのブログを更新しています。年内最初で最後の更新です。
今年の4月からthe thiefはGt.櫻井一樹と僕との和解により活動再開を果たしたわけですが、あっという間に2016年は過ぎ去りました。
3年ぶりくらいにスタジオに入ってメンバーの顔を見て音を出した時、とにかく楽しかった記憶がまだとても新しい。
5月にスタッフさんの優しさが最強のライブハウス「八王子パパビート」からライブを再開し、7月には「あ☆かいぶ」という最高にハートが温かいバンドさんの企画、9月に「横浜ベイシス下山さん」という最高にキュートな女の子の企画、12月にthe thiefゆかりの地「町田市鶴川ポプリホール」でのライブと4本のライブをしてきました。
正直、これは最前線に立つバンドからしたら少ないライブ本数かもしれませんが、一度バンド活動を身勝手に止めて身勝手に再開した僕達にこれだけ出演の機会をもらえたことを僕は本当に嬉しく思ってます。
心からのありがとうを伝えたい気持ちでいっぱいです。
さて、唐突ですが話をthe thief活動休止直前の自主企画の2013年4月2日まで戻させて下さい。
ここからは正直言い訳めいたことを書きます。まじでカッコ悪いと思いますが、それでも読んでくれるなら幸いです。
2013年4月2日、自主企画の当日、僕の携帯に一通のメールが届きました。
それは母からのもの。
「ばぁちゃんが亡くなった」
こういうことは芸事を目指す以上ずっと覚悟していたつもりでした。
でもまじで辛かった。大好きな祖母の死に目に会えなかった・・・。
うちの実家での祖母の存在というものは本当に計り知れないもので、僕もとてつもないおばぁちゃん子。実家に帰る度「ちゃんと生活できてるのか?」「こっちに帰ってくる気はないのか?」といつも心配をしてくれていて、地元に戻ってまともに生活してほしいという気持ちとは裏腹に、東京に戻る際にはそっと1万円札を手に握らせてくれるようなとてつもなく優しい人でした。
自分の幸せはいつも二の次で家族や友人を気にかける優しさを持ち、前向きで、大抵のことは笑って乗り越えてしまう強さも兼ね備えた地元では有名な最強おばぁちゃんでした。家族にとっても大きな心の支え。
実家に帰れば、いつもテレビを見ながら高笑いしてテレビにツッコミをいれていた祖母がもういなくなってしまった・・・
信じられませんでした。
今すぐにでも地元に帰りたかった。
でもその日は自分たちの大事な自主企画イベントライブの日。
「帰るわけにはいかない、まだ全然少ない人数かもしれないけどthe thiefを待ってる人が居てくれるから」
その気持ちを持って、祖母が亡くなったという事実は誰にも伝えずに、僕は当日本番前最後のスタジオに入り、ライブハウスでのリハーサル、そして本番を向かえていました。
イベントが始まり力を貸してくれたバンド仲間の演奏を見て、僕らのイベントの趣旨を受けとめてくれているライブハウスの仕事ぶりを見て、そして、あの日会場に集まってくれた人達の笑顔を見て、僕は心の奥底からこみ上げるものがとても抑えきれずにいました。
「なんて愛されているんだろう」
そう感じて、もう今日はかっこ悪くても、演奏めちゃくちゃになっても言葉で何か伝えたいという思いになっていました。たぶんどんな言葉よりも素直に自分の気持ちを伝える言葉、それが
「愛してます」
これでした。
今思い返してもあの言葉に嘘なんてなかったと思います。
祖母を亡くして、内心放心状態だった僕をステージに立たせてくれて最高の笑顔をくれて、最高の一日をくれて、そんなの愛せずにはいられません。
ただ一つこのときに間違ってしまったことがあるとすれば、それはバンドメンバーに祖母が亡くなったことを伝えなかったこと。
本当にこれは間違えた。
バンドメンバーに言ってしまったらなんかおれダメになりそうとか、変な気持ちが邪魔をしてしまったのです。
ちゃんと伝えてメンバーの前で泣いて、それでもステージに立って最高の一日を届けられるように一緒に演奏してくれって素直に言えていたらたぶん活動休止もなかったのかもしれません。
この日を堺にして少し僕はメンバーとthe thiefに対しての価値観の相違を感じるようになっていきました。これは全部の自分のせいですけど。
辞めたくない、でもやっててもしょうがないかも、どうすればいいんだろう、メンバーに対する疑念、見通しの立たないスケジュール、すべてが悪循環に見えてしまう、、、
これは思い返せば僕の心がとてつもなく弱っていたせい。
そして、出した答えが脱退。
まじ馬鹿だと今は思う。
もっとメンバーに気持ちを上手く伝えられれば良かったってだけのことなのに。
活動再開をするきっかけになった2016年4月2日。
Gt.櫻井一樹とサシ飲みをしなんかいっぱい話した。
おれはやっぱりthe thiefが大好きで、メンバーが大好きで、その気持ちに素直になろうと思いました。
もちろん、一度活動を止めた報いを受ける覚悟は承知の上。
バンドにとって活動停止や脱退ていうのは応援してくれた人を裏切る行為。
当然呆れて離れてしまった人の方が多いに決まってます。
それでも蓋を開けてみれば活動再開最初のライブに「待ってたよ」って言ってくれた人が居た。10人くらいthe thiefを見に来てくれた人も居た。
その日はいつもよりいっぱいありがとうを言ってた気がする。
素直に還ってきて良かったと思いました。
おばぁちゃんの死をきっかけに地元に帰り、バンドを脱退し、本当に3年近くthe thiefから離れ生活した結果、色んな視点から物事を考えられるようになった。
弱くてどうしようもない人間だから見つけられたものが沢山ありました。
the thiefは一生続きていきたい。売れても売れなくても良い。でも妥協しない音楽制作をしていく活動したい。納得のいくthe thiefの形を今度は時間がかかっても見つけます。
そして最後に、本当に身勝手に脱退や活動再開をしたりしたことを少なからず応援してくれていた皆さんには謝りたいと思います。
すいませんでした。
そして呆れて離れてしまった過去にthe thiefを応援してくれていた人たち、今もまた応援してくれる人たちすべてを僕はずっと愛しています。
支離滅裂で長くなりましたが、また来年お会いしましょう。良いお年を!