学術論文は、学術的なアイデアについてコミュニケーションを行う上で最も重要な手段の一つなので、書き手と読み手の意思疎通を円滑にするために、書き手が従うべき共通のルールが
・APA(American Psychological Association)スタイル
・MLA(Modern Language Association)スタイル
・Chicagoスタイル
など、いくつかの形式として確立されています。
これらのスタイルに従った論文執筆の作法についてのガイドブックも出版されており、いま手元にMLAスタイルのハンドブックがあるので、ちょっとその本を開いてみる。
Mla Handbook for Writers of Research Papers/Modern Language Association of America

すると、Plagiarismだけで一つの章が割かれており、盗用・剽窃がいかに重大な問題としてとらえられているかを窺い知ることができます(以下、上記ハンドブックの6版第2章より)。
まずは定義からですが、Plagiarismとは、「他者のアイデアを使って、あたかも自らのものであるかのように表現するすべての行為」を指し、意図的に行った場合はもちろん、盗用していることを認識せずに行った場合も該当します。
そして、同ハンドブックには、Plagiarismについて軽重の程度を考える余地は、犯罪についてのそれよりもずっと狭い、と厳しいことが書かれています。いわく、
・餓死寸前の人間がパンを一切れ盗んだ場合には情状酌量の余地があるが、大金持ちの企業経営者が従業員の年金積立金を盗んだ場合にかなりの期間牢獄に入れられることは逃れられない
のに対し、
・学生が行おうがプロの書き手が行おうが、PlagiarismはPlagiarismである。パンを盗んだ餓死寸前の人間は更生することが期待できるが、Plagiarismを行う著者が読み手の信頼を回復することは期待し難い
と。
なぜそこまで厳しく見ないといけないのか?
それは、著者本人の信頼や名声だけに傷が付くのではなく、学術社会全体で自由に交換される情報の信頼性を保証する土台が損なわれるからである、とハンドブックは述べています。
学術論文は人々の意見や行動に影響力を及ぼすものであるので、
・他者のアイデアについて言及する際に、それに賛同なのか反対なのか、あるいは更なる分析を行おうとしているのかを明らかにすることで、著者の意図を明確に伝えること
同時に
・他者のアイデアの引用が著者の意図を適切に説明するものであるかどうかを読み手が判断できるようにすることにより、間違った情報が出回るのを防ぐこと
が重要である、ということです。
そして、悲しいことに、ハンドブックには僕の立場のような人間が犯しがちな「意図しないPlagiarism」についても言及しています。
・母国語以外の言語で論文執筆をする際に、文法上の誤りを避けるために他の著者の文章の構成をそのままコピーしてしまうことにより、意図せずにPlagiarismを犯してしまうことがある。
この問題については、理研の野依理事長も言及していました
英語ができないのは、それ自体が罪を産むのか

なお、Plagiarismがいうところの盗作や剽窃は、上記のように、学術社会での情報流通の質を担保するための学術倫理・道徳上の問題であるので、著作権の侵害等の法律上の問題とは別物です。
したがって、たとえ出典を明記し、引用符を付して他者のアイデアを引用(学術論文のスタイルに厳密に従って執筆)したとしても、引用元の許可なく著作の全体または相当部分をまるまる引用した場合には、著作権等の法律上の権利の侵害に当たる可能性が出てきます。
学術社会の一員として、自覚をもって執筆に当たりたいものです。