こんにちは!
お母さんと赤ちゃんの命と健康を守る
食事法研究家の山田真奈
です。



 

私の住む沖縄はもう梅雨明けし
ハイビスカスと蝉の声のよく似合う?
ハイシーズンに入りました♪



今日は、内部被ばくをできる限り避けるために
我が家で決めている安全基準について書こうと思います。



 

我が家の食生活には、旬の露地ものが手に入る
野菜の「直売所」は欠かせませんが
前回お話したとおり
時期によって入手しにくい野菜類が出てきます。




これから真夏の間は
どうしても葉野菜が少なくなってしまします。


 

我が家の安全基準は、


できる限り、沖縄県産品。
難しい場合は、九州産。
根菜類は九州産、または北海道産。


 

たとえば大豆などのように
放射性物質への感度が高い農産物は
海外産を選ぶこともあります。


 

海藻類は沖縄県産。
魚は沖縄近海産の回遊しない魚。
甲殻類、貝類は基本食べません。
きのこ類も食べなくなって久しいです。


 

我が家は乳製品をあまり摂らないのですが
全く無しでは(過去の習慣的に・・)寂しいので
豆乳は買っています。


 

ちなみに今買っているメーカーの原材料(大豆)は
カナダ産です。


 

海外産の原材料といえば
ポストハーベスト問題や
重金属汚染された海域の問題だけでなく
過去の各国の核実験による汚染問題
核廃棄物処理場周辺の汚染問題も色濃く、
情報の信憑性についても不透明な要素があり、



 

何を基準に選択するか





 

本当に難しいですよね。
我が家でも情報収集を続けながら
今でも時々家族会議をして
我が家の安全基準」を見直す作業を続けています。


 

みなさんもきっとご家庭で話し合ったり
情報収集されたりして
「わたしの、我が家の、安全基準」
をもっていらっしゃると思います。


 

今日本が直面している問題は
その道の専門家でも想像の及ばないほどの規模だそうで
誰にも答えはわかりません。


 

何を信じればいいのか、
とても不安な状況ですよね。


 

小さな子供のいる私は
いまだ考え続ける毎日です。




 

でもだからこそ
一人一人がしっかりとアンテナを張り
「自分の決めた基準」を守っていくことで
漠然とした不安に押しつぶされることなく
自分の足で毎日を歩いていけるのではないか
とも思います。


 

東日本大震災経験直後の妊娠発覚から
沖縄移住、出産、育児


 

を経験した私だからこそ言える
これだけは抑えたい!」
という情報をこれからどんどん発信していきたいと思います。


 

一つ一つの食材についての情報は
結構なボリュームがあるので・・
別の機会にお伝えしますね!

こんにちは!
お母さんと赤ちゃんの命と健康を守る
食事法研究家の山田真奈
です。



東日本大震災の後
妊娠をきっかけに沖縄へ移住した私は


「母」として
毎日の食事で家族の未来を守ろう
と決心
したわけですが


その決心と家族の健康を支えてくれているのは
他ならぬ、ここ沖縄の食材達です。


海に囲まれミネラル豊富な土壌と
さんさんと降り注ぐ太陽に育まれた
野菜や果物、そして豊かな海の海産物など・・・


陽射しの強さゆえに
育ちにくい植物や
露地ものの入手しにくいシーズン
は確かにあります。


特に野菜については
冬~春にかけてがベストシーズンと言えるでしょう。




それでも直売所へ足を運んでみると




その季節を象徴する=その季節の体に合った
新鮮な野菜やフルーツがお手頃価格で手に入るんです!


今は6月末。


植物についていえば、
ゴーヤー、オクラ、エンサイ(空芯菜)、きゅうり、
宮古島のかぼちゃや、トマト、冬瓜、
そしてマンゴー☆などが
売り場に所狭しと並んでいます。


少し前までは
野草やハーブ、島大根、島人参、イモ類、ピーマン、
ハンダマ(水前寺菜)、シマナー(高菜の一種)
レタスなどの葉物やトマト、とっても甘い☆島パインなどが
充実していました。




新陳代謝や免疫力のアップにもつながるため
基本的に体は冷やさず温めた方が良く
そのために特に女性にとって
生姜などはよく取り上げられる食材ですが



季節や体質によっては
クールダウンさせる食材をうまく取り入れる
ことも大切になってきます。


これは私自身、出産を機に体質がガラッと変わり
また産後の体調不良の治療のために
とある漢方の専門家に相談したことがきっかけで実体験しました。



単純ではない「自分の体質や状態」を知り
気候や、心身のコンディションによって
漢方薬の処方や摂るべき食材を
微調整、指導してもらいながら
なんとか今にいたっています。
(ずいぶん元気になりました!)


(漢方治療の詳しくはまた別に書こうと思います!)


そしてこの時期の沖縄食材には
火照った体をクールダウンさせるのに
もってこいのものが揃っているんですね!!




   

ちなみに「冬瓜」は冬と書いても夏野菜!
冬まで保存がきく、という意味ですのでご注意を、笑♪


 

今日はさらっと書きましたが、
これから沖縄食材の魅力をどんどんご紹介していく予定です。


どうぞお楽しみに☆


こんにちは!
お母さんと赤ちゃんの命と健康を守る
食事法研究家の山田真奈
です。


 

今日は前回に続き


 

私がなぜ
「お母さんと赤ちゃんの命と健康を守る」
ことに真剣に取り組むに至ったのか
その「想い」の理由をお話しします。


 

妊娠をきっかけに
東京から沖縄への移住を決めたわけですが


 

待っていたのは
貯金を切り崩す生活でした。


 

私は妊娠中で就職もできず
主人の給料は以前の半分以下。


 

初めからわかっていたこととはいえ
「被害者」意識でいっぱいの私は
日に日に大きくなるお腹のように
不安も大きくなるばかりでした。



 

でも、お腹が大きくなるにつれ
私の気持ちに変化があらわれました。


 

母性が育っていったのです。
お腹の子供に、力をもらったのでし
た。


 
  


そうだ、私達家族は生かしてもらった…


 

今も家族が一緒に暮らせていること
移住という選択肢があったことに
感謝しなければ…


 

命を大切に
この激動の時代を真っ直ぐに生きよう…


 

宇宙の真理、ものの「真」を、
しっかりと見つめよう…


 

生まれてくる子供のためにも
己の信じる道をひたむきに生きる強い親になろう…


 


そう自分に言い聞かせながら
「母として自分にできること」をやりぬこう!!
と決めたのでした。


 

「母として自分にできること」


 

それは、内部被ばくをできる限り避ける
ということでした。


 

お母さんと赤ちゃんは一心同体です。
妊娠中も、
授乳期も、
お母さん=赤ちゃんなのです。


 

出産はお母さんにとってある種のデトックスですが
赤ちゃんは胎盤や母乳を通して
様々なものを受け取ります。


 

栄養や免疫のような素晴らしいものも、
化学物質や放射性物質のような害も・・・。


 

「母として自分にできること」


 


内部被ばくの経路には
呼吸や食事がありますが


 

私は「母」として
毎日の食事で家族の未来を守ろう
と決心したのでした。



 
  


出産を経験し、この後さらに
私の「想い」は深まって行きます。

 

この続きは、またいつか・・・

こんにちは!
お母さんと赤ちゃんの命と健康を守る
食事法研究家の山田真奈
です。



今日は、私がなぜ
「お母さんと赤ちゃんの命と健康を守る」
ことに真正面から取り組むに至ったのか
その「想い」の理由をお話ししようと思います。



この記事を書くにあたり、まず

 

東日本大震災により被災された皆様
ならびにそのご家族の皆様に
心よりお見舞い申し上げます
皆様の安全と被災地の一日も早い復興を
心より お祈り申し上げます




 

私が娘の妊娠を知ったのは2011年5月、
ちょうど妊娠2か月でした。
逆算すると3月に娘は私のお腹にやってきた
ことになります。



震災前日、2011年3月10日
祖母が他界したため、私と主人は
福島県に隣接した、茨城県北部へと向かいました。


葬儀を終えた10日夜、
東京方面への電車が遅延し
駅のホームであまりの寒さに近場で一泊しようかと
心折れそうになりながらも
10日中に、最終電車でなんとか東京都の自宅へ戻りました。



そして、震災当日。



私は仕事が休みで一人自宅マンション7階にいました。



あまりに広範囲での大規模な震災被害でしたので
ここでは当時の具体的な状況表現は極力避けようと思います。



ただ、
心臓は高鳴り、震えで歯はガチガチしながら
込み合う非常階段を下りたのを覚えています。



そして余震が続く中、福島第一原子力発電所の事故が発生。
初めて、死を意識しました。



その後しばらく
東京-茨城間の道路は寸断され
ガソリンも手に入らず
ライフラインも止まる中
両親は福島県近隣で3週間足止めされました。




私は家族を心配しながらも
自分自身が不安におびえながら
「被害者」として過ごしました。



そして、お腹に子供をかかえ
東日本での住みにくさを感じた末に移住を決心した私は
その「被害者」意識を大きく引きずったまま
どんよりと、沖縄へやって来たのです。


 
  
  
続く

こんにちは!
お母さんと赤ちゃんの命と健康を守る
食事法研究家の山田真奈
です。


今日は私の家族と、移住の経緯についてお話します。


家族構成は
主人、私、1歳5か月の娘、の3人です。


2011年3月に発生した東日本大震災を
東京都で経験しました。


頻繁に続く余震や原発事故の影響に
不安や生活しにくさを感じていたところ
5月に妊娠がわかり沖縄県への移住を決めました。


妊娠5か月目
初めて沖縄県に足をふみいれました。


家も、仕事も、車も、身内も、友達も、土地勘も、
何も無い、いない、場所です。


移住は自分で決心したことでしたが、
想像以上に辛いスタートをきりました。


私より一足先に沖縄入りした主人は
一人っきり、レンタルバイクで
家を探し、
車を探し、
仕事を探し、


2週間後、実家経由で私が那覇空港に着いた時には
色白の彼は
誰かわからないほど
真っ黒に日焼けしていました。


そして白い歯を浮かべて一言
「めんそ~れ~!笑」


そんな優しい主人と
翌1月生まれのおてんば一人娘
との3人暮しです。


どうぞ宜しくお願いします!