「好きなことを仕事にする」

その言葉は僕の耳に、この上なく魅力的に響いた。

潔く、力強く、正しい言葉。

巷でそのような言葉が流行り始めたのは、ちょうど、僕が社会に出て二十年、務めていた会社の経営が行き詰まっていたころだった。

そのころライバル会社との仕事の奪い合いにより受注は徐々に減っていき、社内の人間関係も殺伐としていた。

そんな中で僕もデザイン実務より、仕事を獲得するために客先に売り込むための営業行為を優先せざるを得なくなった。

僕は日々、クライアントへ案件情報を伺う電話をかけ、メールを送った。

会社実績をまとめ少しでも話しを聞いてくれそうな企業へ訪問する毎日。

「仕事が楽しくない」

今までそのように考えたことはなく、仕事にひたすら邁進してきた僕は、初めて持ったその感情に驚いていた。

 

訪問先に行くために電車に乗る時間が増えた。時間通りに訪問先に着いても待たされることはよくあることだった。

そんな時間を使って僕はよく本を読むようになった。自己啓発本ではなく小説である。

子供の頃は漫画ばかりで一切、小説など読まなかったのに、大人になって身についた趣味だった。

何気ない毎日を送っていた普通の人間が、誰かに出会うことで変わったり、何かをきっかけに謎が生まれ、その謎を解き明かしていく。

そんな物語を数多く読んだように思う。僕は次第に物語の世界にはまり、たくさんの小説を読むようになっていった。

 

原稿用紙三十ページの単編を初めて自分で書きあげたときは、ただ夢中だった。

「もしかしたら自分にも書けるかも」そう思って始めたことだったが筆が止まることはなく、とてつもない充足感の中で一気に書き上げた。

小学生の頃、原稿用紙たった三枚の作文すら書けずに先生に怒られていた僕だったのに不思議なことである。

稚拙な文章だっただろうと思うが、好奇心から規模の小さい新人賞に応募したところ、なんと一次選考を通過していた。

応募数約三百編、一次通過者約三十編。入選したわけでもないのに、あれほど嬉しかったことは生まれて一度も経験したことがなかった。

もしかしたら才能があるのかも。本気でやれば作家になれるかもしれない。

「好きなことを仕事にする」

このとき、その言葉が胸に深く居座っていることに僕は気づいた。

まるで自分のためにある言葉じゃないか。

そんなふうに思ってしまったのだ。

 

そして僕はその半年後、辞表を会社に提出した。

とはいえ無職になる勇気は無く、その二ヶ月後に一人でデザイン会社を立ち上げた。

自分のペースで仕事をしながら、小説を書くためである。

とりあえずなんとか食いつなげるだけ働いて、余った時間は全て小説執筆に充てよう。

三年もやればデビューできるはずだ。なにしろ初めて書いた作品が一次選考を通過したのだから。

 

こうして僕は役員までしていた会社を辞めて、小説を書くために独立した。

 

そして僕は「好きなことを仕事にする」ということの本当の意味を知ることになるのだ。